トニー賞授賞式を終えて・・・

トニー賞授賞式を終えて・・・

CBSで夜8時から放送された第73回トニー賞授賞式は、例年どおり日の出をモチーフにした美しいラジオシティー・ミュージックホールで行われ、進行役ジェームズ・コーデンが、 映画やテレビも良いけれど、何と言っても生の舞台は違うよとユーモア一杯の歌でスタートを切った。トニー賞演劇主演男優賞も受賞しており、現在はテレビの『ザ・レイト・レイト・ショー』のホストも努める多才なジェームズは、ダンサー達に囲まれながら6000人近い観客の大歓声に包まれた。

それから、いくつかの部門の受賞が行われる合間に『エイント・トゥー・プラウド』と『トッツィー』のナンバーが披露された。その後、ミュージカル助演男優賞に輝いたのは『ハデスタウン』でヘルメス役を担ったアンドレ・デ・シールズだ。50年のキャリアを持ち数々の賞を受けてきた彼も、トニー賞は初めて。メリーランド州ボルティモアの貧困街で11人兄弟の9番目として生まれた彼が25歳になった時、周りには3人の兄弟しか生き残っていなかった。厳しい生活の中、若い頃に歌手を目指していた両親や周囲の夢を引き継いでニューヨークに出てきた過去を持つアンドレ・デ・シールズは、受賞スピーチで言っている。「ボルティモアのみんな、聴いているかい? 僕は約束を守った。ニューヨークで「彼はボルティモア出身なんだ!」と誇ってもらえる人になったよ。」  小さい頃から寡黙で哲学的に物事を考える彼は、続いてこんなふうにスピーチを締めた。「73歳になる僕がこんなに長く続けられた3つの方法を、この機会に皆さんとシェアしたい。一つ、自分を見た時、目を輝かしてくれる友達の中に身を置くこと。二つ、本当にやりたいことに辿り着く一番の方法は、時間のかかる道だと知ること。三つ、辿り着いた山の頂は、次の山の麓。だから常に登り続けること。」

ミュージカル主演女優のトロフィーは、ステファニー・J・ブロックの手に渡る。彼女が演じたのは、「ポップスの女神」として君臨する大御所シェール。その生涯を描いたミュージカル『シェール・ショー』で現在46歳のステファニーは、成熟したシェールを見事に演じている。シェールの特徴のある太い声を出すのは難しい。 白くするために歯に貼るシートも使ったという話もある。トニー賞ノミネートが3度目というベテランの彼女だからこそ、その声をマスター出来たのだろう。

ミュージカル助演女優は、車椅子の俳優として、トニー賞受賞が初めてとなるアリ・シュトレーカーが取った。2歳の時交通事故に遭遇し、胸から下が麻痺したにも関わらず、小学4年生の時、学校で催された劇「オズの魔法使い」の主人公ドロシーを演じた。そこで輝く娘の姿を見た両親はその才能に驚き、身体障害者としてこの道に進ませる為にはどうしたらいいかと考えたと言う。驚くのは、彼女は横隔膜をコントロール出来ないので、普通の俳優とは違うテクニックを使って発声していると言う。彼女は『オクラホマ!』で、 男性にノーと言えずキスをされるとキスを返してしまう明るく天真爛漫なキャラを、見事に演じている。

途中、ジェームズ・コーデンが、ラジオシティー・ミュージックホールのトイレで 歌い始める。ミュージカル『ビー・モア・チル』の中で、パーティーに行ったものの、自己嫌悪でトイレから外に出れなくなる高校生が歌う「Michael in the Bathroom」をひねった替え歌だ。この「James in the Bathroom」は、僕にはニー賞の司会者なんて、無理 。 怖くてトイレから出れないと歌う。途中で、去年のトニー賞の司会を務めたサラ・バレリスとジョシュ・グローバンも「僕らも去年からずっと、トイレから出れてない」と歌に加わって、笑わせてくれた。

『ビー・モア・チル』は日本発祥のオタク文化の影響を受けている作品だが、その中の 「Michael in the Bathroom」を含めた楽曲がSNSを介して瞬く間に世界中に拡がった。しかし10代、20代の若者を中心に大ヒットしたこの作品は、トニー賞オリジナル楽曲賞のノミネートの一つだけで、授賞もなかった。番組の構成を担う誰かが受賞式で替え歌を唄うことで、この作品に敬意を表したのだろう。それにしても昔から若い客層を増やそうとしてきたブロードウェイだが、SNSなどによる拡散や、それを見事にしてみせた若者達を受け入れる心の準備は、まだ出来ていないようだ。

ミュージカル主演男優賞は、受賞まちがい無しと言われていた『トッツィー』のサンティノ・フォンタナが獲得した。彼は3年前、演出家のスコット・エリスと、ステージで2週間程仕事するうちに意気投合し、その1週間後にスコットから送られてきたのが『トッツィー』の台本だった。それからというもの、サンティノはあらゆる努力を拒まなかった。映画が元となったミュージカルだったが、舞台ゆえに撮り直しや編集はできない上、歌わなければならない。主演の彼がハイヒールで歩くのは当然だが、立ち方、座り方などの所作を習得し、舞台上では瞬時に男女を切り換えて演じなければならない。彼は自宅で、最初は1日30分、次の日は40分、という風に徐々にヒールでのいろいろな姿勢やジェスチャーに自分を慣らしていった。また、歌のコーチと一緒に女性の声の出し方と呼吸の仕方を観察し、男性の声帯との違いもリサーチしていた。男性の彼には音域に限界があるので、女性の声質らしくするために唇、舌、喉頭、顎、横隔膜の使い方を考え抜いて練習したそうだ。だから彼が演じる男性マイケルと女装したドロシーとは、呼吸の仕方も声の共鳴の仕方も違う。その努力に拍手を送りたい。

ミュージカル作品賞には大本命の『ハデスタウン』が輝いた。彼らは他にも助演男優だけでなく、演出、オリジナル楽曲、編曲、装置デザイン、照明デザイン、音響デザインまでも攫った。

演劇作品賞を見事獲得したのは『フェリーマン』

演出、装置デザイン、衣装デザインでも受賞し、計4つのトニー賞受賞となった。

今回のトニー賞で一番の大穴だったのは、リバイバル演劇作品賞をとった『真夜中のパーティー/ The Boys In The Band 』だ。すでに8月に千秋楽を迎え、誰の優勝候補にも挙がっていなかった。これだからトニー賞は面白い。1968年のオフ・ブロードウェイが初演。当時大ヒットして映画化もされた。ゲイであることをオープンにすれば疎外され、偽って生きていけば孤独感に苛まれ、それらのために傷つき、そして深い自己嫌悪に陥る彼ら。しかし自分を偽って生きて苦しむのは程度の差こそあれ、全ての人にとっての普遍的な経験であり、それが凝縮されているからこそ多くの人にこの作品は認められるのだろう。初演からの50余年を経た本作品が今回受賞した時、作家マート・クロウリーは、トロフィーを固く握り締め、涙を流して語った。 その姿から50年前にゲイとして生きた厳しさや、当時の上演にこぎ着けるまでの世間の風当たりの強さが伝わって来る。あの時、創作に関わった勇気ある人たちのおかげで、今のLGBTQの存在があることを忘れてはいけないという隠れた願いが込められて、この作品は賞をとったのかも知れない。興味のある方は1970年に創られた同名の映画版の鑑賞をお勧めする。印象的な音楽も相俟った、いい作品だ。

さて、プロデューサー達にとっては、資金を回収し利益を上げるのが、一番の課題となる。そこで最後に、ミュージカル作品賞のノミネートされた直近の収益を紹介しようと思う。

ブロードウェイの今シーズン(5月から4月) のチケットの売り上げは、2千億85万円と言う数字が出て記録が更新された。今年はスターウォーズのアダム・ドライバーを始めに、ジェフ・ダニエル、トム・スターリッジ、ジェイク・ジレンホール、ブライアン・クランストン、ローリー・メトカーフ、アネット・ベニングと、ハリウッドでも活躍する俳優が数多く出演したことにも理由はあると思うが、今までになくYouTubeでブロードウェイの情報が広域に渡って露出されたこともあるだろう。

では、個々の作品はどうだろう。『ハデスタウン』の6/9の週の収益は、約1億2千8百万円($1,181,102)。『エイント・トゥー・プラウド』が 約1億6千4百万円($1,513,346)。『トッツィー』は、6/9の週 約1億1千7百万円($ 1,086,945)の収益を挙げている。トニー賞を受賞した『ハデスタウン』は、きっとこの優勝を受けて需要が上がり、切符の値段も上がって収益も増えるだろう。しかし面白いのは、これだけの収益も、 『ハミルトン』の6/9の週の約3億4千1百万円($ 3,153,319)と言う数字には届かない。どちらにしても凄い額だが、何しろブロードウェイでは舞台を1週間見せるだけでも、約6千7百万円の運営コストがかかる。開幕に辿り着けるまでの費用を完全に回収するのにも時間がかかるので、損を抱えたまま千秋楽を迎える作品も少なくない。そこで「ブロードウェイの作品」という看板を掲げて全国ツアーをする作品もある。とにかく莫大な費用がかかりリスクも大きいので、ディズニーなどの大手企業や、代々続く大資産家でないと利益が出始める前に息が切れてしまう。一方、成功すればかなりの大金が長期間にわたり懐に舞い込んで来るので、それを使って次のリスクを背負って彼らは進む。そんなことから5月のノミネートの発表から授賞式までの間、各作品のプロデューサー達は懸命にPR活動に走り回っていた。彼らは授賞式が終わり、ひと時の休みを取っていることだろう。お疲れさまでした。
06/12/2019

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