A Walk on the Moon(オーバー・ザ・ムーン)

A Walk on the Moon
(オーバー・ザ・ムーン)

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
A Walk on the Moon
(オーバー・ザ・ムーン)
A Walk on the Moon(オーバー・ザ・ムーン)

1999年の同名映画を基にした作品で、舞台はニューヨーク州キャッツキルズのサマーリゾート。若くして妻、そして母という役割を担うことになった30代前半の女性が、自分らしい生き方を模索し、家族との間で揺れ動く心情を、ユーモアを交えながら描いている。

1960年代は、伝統やルールに縛られず「自分らしく生きたい」と願う人々が一気に増えた、米国にとって文化的な転換期だった。本作は、カウンターカルチャーや女性解放運動を背景に、「古い家族の形」と「新しい自由」の間で揺れる一人の女性を描いている。

あらすじ&コメント

本作は、2018年にサンフランシスコで初演された後、COVID-19の影響で延期となっていたニュージャージー公演を2022年に実現。そして2026年、オフ・ブロードウェイでの上演を迎えた。

あらすじ

舞台となるのは、ニューヨーク市から車で約2〜3時間のキャッツキルズ地方に、当時実際に数多く存在した「バンガロー・コロニー」だ。

パールは30代前半の美しい女性で、毎年夏を夫、夫の母、そして二人の子どもとキャッツキルズで過ごしていた。しかし、ある日バンガロー・コロニーに洋服を売りにやって来たハンサムなセールスマン、ウォーカーと出会ったことで、彼女の平穏な日常に少しずつ亀裂が入り始める。

若くして最初のデートで妊娠し、母親と妻という役割を担ってきたパールは、自由奔放なウォーカーとの出会いをきっかけに、自分自身の人生を生きてみたいという欲望に目覚めていくのだ。

<より楽しむための予備知識>

バンガロー・コロニーは、多くの小さな木造山荘が集まり、家族がその一棟を夏の間借りて滞在する人気の避暑地だった。共同で利用できるプールや食堂、娯楽施設なども備えられていた。父親は平日はニューヨーク市内で働き、週末だけ家族のもとへ戻るという生活スタイルが一般的だった。

当時、この地域はニューヨーク都市圏に暮らすユダヤ系アメリカ人に人気の避暑地であり、パール一家もそのコミュニティーの一員として描かれ、夫も週末になるとここへ来て、家族と過ごした。

舞台では、近隣で開催されたウッドストック・フェスティバルの話題がたびたび登場する。この音楽フェスティバルは、舞台となるバンガロー・コロニーから車で約1時間の場所で開催され、40万〜50万人もの若者が集まったことで世界的に知られている。劇中では「予定では4〜5千人くらい来るらしい」という台詞があり、その後の歴史を知る観客から笑いが起こっていた。

この時代、若者の間では新しいファッションが次々と生まれた。その中でも絞り染め(タイダイ)のTシャツはヒッピー文化の中で爆発的に流行し、「反体制・自由・平和」を象徴するファッションの一つとなった。本作でも、このタイダイTシャツが時代の変化を象徴するアイテムとして重要な役割を果たしている。

1969年のアポロ11号による月面着陸や、タイトル『A Walk on the Moon』は、人類が初めて月面を歩いた歴史的瞬間と、パールが人生で初めて「自分自身の人生を選ぶ」という小さな一歩を重ね合わせたものだ。

劇中では、テレビから流れる「One small step for man, one giant leap for mankind(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である)」という言葉を、コミュニティーの人々が皆で聴き入る。その夏の小さな決断が、パールにとって人生における大きな飛躍となることを示唆したのだろう。

キャスト

主人公のパールはタリヤ・サスカワー(Talia Suskauer)が演じる。オリジナルキャストではないが、『Wicked』でエルファバ役を務めたこともある実力派で、力強い歌唱力と女性らしい柔らかさを併せ持つ俳優だ。その柔らかく控えめな女性像が魅力である一方、自分らしさを取り戻したいという内面の強い欲望や葛藤は、芝居よりも歌に頼って表現されている印象も受けた。今後さらに役を繰り返すことで、パールの苦悩と欲望の強さがよりこちらに伝わってくることを期待したい。

夫マーティ役を演じるのはマックス・チャーニン(Max Chernin)。派手さはないものの、安定した歌唱力と誠実な夫・父親像を自然に演じている。

マーティの母親役のアンドレア・バーンズ(Andréa Burns)は、本作をしっかりと支えるベテラン女優だ。『In the Heights』ではトニー賞助演女優賞にノミネートされたこともある。

女性向けのブラウスなどを売り歩くハンサムなセールスマン「ブラウスマン」を演じるのは、サム・グラヴィット(Sam Gravitte)。歌唱ではやや声量不足を感じたものの、自由な空気をまとった男性を上手く演じている。

娘アリソン役を演じるのは、愛らしいソフィー・ポロノ。大袈裟な演技には少々面食らったが、実際、年頃のティーンエイジャーとはあんなものなのかもしれない。

脚本は映画版も手掛けたパメラ・グレイ(Pamela Gray)で、今回舞台向けに再構成している。演出はシェリル・カラー(Sheryl Kaller)。女性の視点を生かした繊細な演出に定評があり、パールの内面的成長を丁寧に描こうとしている。

全体的に、感情表現がやや淡白に感じられた。そのため、ある劇評家が「夏の軽い読み物のようなミュージカル」と評していたことに納得させられる。ストーリーそのものは非常によく出来ているだけに、キャストが変われば、より深い余韻を残す作品にもなり得るようにも思う。

現在は約400席の劇場で上演されており、観客との距離も近い。もし将来ブロードウェイへ進出するのであれば、さらに繊細な感情表現のできる俳優陣によって、作品は一段と魅力を増すかもしれない。

もう少しウォーカーの心理が掘り下げられていれば、「ブラウスマン」という役もさらに印象深いものになったようにも思う。ただ、パールの長女アリソンの恋愛も物語の重要な軸として並行して描かれており、その分、彼の描写が控えめになったのかもしれない。娘の恋は、親世代と子世代の価値観の違いを浮かび上がらせる重要なストーリーラインでもある。

アン・マリー・ミラッツォ(AnnMarie Milazzo)によるスコアは、本作の魅力の一つだろう。美しいデュエットやアンサンブルには心を動かされる場面が多い。電子音楽デザインには、『The Lost Boys』や『Ragtime』も手掛けた日本人の飯田ヒロ氏が参加しており、1960年代らしい音楽性と現代的な感性が心地よく調和している。

映画版は「隠れた名作」とも呼ばれ、大ヒット作ではなかったものの、本作はその魅力を舞台ならではの形で再び表現することに成功している。生活感があり、現実味のある温かな余韻を残す、大人のためのミュージカルである。大人数のキャストを擁するオフ・ブロードウェイ作品として完成度は高く、ワークショップの段階から高い評価を得てきた理由にも納得できた。

伝統と新しい価値観の狭間で揺れる女性の心と家族の変化を、温かく力強く描いた作品である。そして、自由とは何か、責任とは何か、そして愛とは何かを静かに問い掛けてくる。(7/3/2026)

 Laura Pels Theatre, Harold and Miriam Steinberg Center for Theatre
111 West 46th Street, New York, NY

上演時間:2時間30分(休憩1回)
公演期間:2026年6月29日〜8月22日

舞台セット:7
作詞作曲:9
振り付け:7
衣装:7
照明:8
キャスティング:7
総合:9
@ Joan Marcus
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