バースライト/生得権
あらすじ&コメント
タイトルの「Birthright」とは、世界中の18〜32歳のユダヤ系*の若者を対象に、イスラエルへの旅行を無料で招待する実在のプログラムを指す**。本作は、2006年その旅を終えて帰国した6人の若者が、チャヤの実家で再会するところから始まる。2幕目はその10年後、同じチャヤの実家だがジェットバス(ジュクジー)のある中庭での集いとなる。そして第三幕では2023年10月7日のハマスによる大規模なイスラエル奇襲攻撃後の再会へと至り、それぞれの人生や友情、価値観の変化が丁寧に積み重ねられていく。
以前観劇したユダヤ人の家族3代を追った長編戯曲『フランス共和国への祈り(Prayer for the French Republic)』を思い出したが、本作もいずれブロードウェイへ進出する可能性は十分あるだろう。
演出を手掛けるのは、『Mother Russia(マザー・ロシア)』などでアンサンブル劇に定評のあるテディ・バーグマン(Teddy Bergman)。 しかし、なんと言ってもスペクターの脚本の鋭い台詞と、6人それぞれの人生をバランスよく描き出す群像劇としての完成度の高さが見事だ。 本作でも『Eureka Day(エウレカ・デイ)』と同様に、登場人物たちのSNS投稿やグループチャットを舞台背景に映し出す手法を効果的に用いている。そして『Eureka Day(エウレカ・デイ)』よりも長い年月を辿る本作では、そのSNSの会話も、時代の変化とともに移り変わる人間関係を浮かび上がらせている。
もっとも、多少18年間の個人の変化が大きすぎて、やや飛躍過ぎの設定と感じる部分もあった。しかし、長年にわたる友情や人生の選択、年齢とともに変化していく思想や価値観を、ユーモアと温かさを交えて描いていっているのもこの作品の魅力だろう。 イスラエルやユダヤ系アメリカ人のアイデンティティー、中東情勢などが語られる場面では、「政治色の強い作品なのでは」と身構える人もいるかもしれない。しかし、本作は政治劇ではない。テンポよく交わされる会話、実力派キャストによる緊張感あふれるアンサンブル、そして時代の流れに翻弄されながらも関係を築き続けようとする若者の姿が、観客を最後まで引き込んでいく。
6人の関係は、時に近づき、時に離れながら複雑に絡み合っていく。彼らが問い続けるのは、自分は何者なのか、居場所はどこなのか、異なる価値観を持つ人々とどう向き合っていくのか、という人間なら誰もが抱える普遍的なテーマだ。ユダヤ人社会を軸にしているものの、その根底にあるのは、現代を生きる私たち自身の物語でもある。見る価値は、十分あるだろう。
一方、ニューヨークには全人口の1割以上を占めるユダヤ系住民が暮らしている。近年は反ユダヤ的なヘイトクライムの増加が社会問題となっており、ユダヤ系コミュニティーの間では不安が広がっている。そうした時代背景を踏まえると、本作は現代の分断が深まるアメリカ社会を映し出す、極めてタイムリーな作品とも言えるだろう。
なお、登場人物6人の人生が18年にわたって描かれるため、途中で「今、誰の話だっただろう」「この人物はどんな仕事に就いたんだっけ」と迷う場面もあるかもしれない。そこで参考までに、最後にネタバレにならない範囲で登場人物を簡単に紹介しておく。最初のうちに名前だけでも頭に入れて、俳優たちが互いを引き立て合いながら作品を支える雰囲気も、並行して楽しんでほしい。
*「ユダヤ系」とはユダヤ教を信仰する人だけを指す言葉ではなく、ユダヤ人の血統や民族的なルーツを持つ人も含まれ、無宗教のユダヤ人も少なくない。 ニューヨークに長年住み、多くのユダヤ系アメリカ人と接してきた私の印象では、彼らは非常に雄弁で、自分の考えを率直に伝える人が多いと言うことだろう。一方で、相手が異なる意見を述べても、それを個人攻撃とは受け取らず、「違う考えも聞いてみよう」という姿勢で議論を楽しむ人が少なくない。 また、自虐的なユーモアを好む人が多いことも印象的だ。そのためか、アメリカのコメディー界にはユダヤ系の脚本家や芸人が非常に多い。家族を大切にする価値観や、自虐を交えたユーモアの感覚は、日本人と通じるものも感じられる。 もちろん、これは私自身がニューヨークで接してきた範囲での印象で、すべてのユダヤ人に当てはまるものではない。しかし、本作をより深く理解するための一つの参考にはなるだろう。例えば、一幕目では、かなりの密度とスピードで会話が進んでいくが、ユダヤ人同士の会話としては、決して珍しくない光景だ。
**Birthrightのプログラム エルサレムやテルアビブ、死海などを訪れ、ユダヤ人としての歴史や文化を学ぶほか、現地の若者との交流も無料で提供されている。毎年数万人が参加しているが、世界中のユダヤ人からの寄付とイスラエル政府などの支援によって運営されている。
出演者ハイライト
チャヤ(Chaya) 6人が再会する場所となる実家の娘。演じるのはゾーイ・ウィンターズ(Zoë Winters)。テレビドラマ『Succession(サクセッション)』でアンサンブルとしてエミー賞にノミネートされ、本作でも物語の中心となる存在感を見せている。
イジー チャヤの親友。成長とともに二人の価値観は少しずつ変化していく。演じるのはモリー・バーナード(Molly Bernard)。『The Wolves(ザ・ウルブス)』でドラマ・デスク賞にノミネートされた実力派。
ノア チャヤに好意を寄せる青年。文才に恵まれている。演じるイーライ・ゲルブ(Eli Gelb)は、『ステレオフォニック』でトニー賞助演男優賞にノミネートされた。
レヴ イスラエルの旅で途中でグループから姿を消した若者。最初の再会では最後に姿を見せる。演じるヘイル・アップルマン(Hale Appleman)は、テレビ、映画、舞台で幅広く活躍している。
エマーソン 背が高く体格に恵まれた青年。最後に予想せぬキャリアに転じている。演じるのはネイト・マン(Nate Mann)。
アローナ イスラエルへの移住を考える女性。演じるモリー・ランソン(Molly Ranson)は、『フランス共和国への祈り』でもユダヤ系アメリカ人を演じていた。
デボラ チャヤの母親。演じるリズ・ラーセン(Liz Larsen)は、『ビューティフル:ザ・キャロル・キング・ミュージカル』でトニー賞にノミネートされたほか、『ヘアスプレー』『ガイズ・アンド・ドール)』など数多くの作品に出演してきたベテラン俳優。本作でも温かさと包容力を感じさせる演技で作品全体を支えている。(7/17/2026)
会場:MCC Theater(Newman Mills Theater)
52nd Street, New York, NY 10019
上演時間 約3時間30分(2回の休憩含む)
公演期間: 2026年6月29日〜8月23日まで



