Buena Vista Social Clubブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

Buena Vista Social Club
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
Buena Vista Social Club
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
Buena Vista Social Clubブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

1996年、アメリカのギタリストがキューバの老巧なミュージシャン19名たちを再結集させて、古き良き時代のキューバ楽曲を録音した。そのアルバムは大ヒットして関係者達を驚かせただけでなく、翌年には更にグラミー賞に輝いた。それまでは無名だったキューバ音楽界のベテランたちの才能を世界に知らしめたそのアルバムの名は、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』。3年後には、ドイツの有名なプロデューサー、ヴィム・ヴェンダース監督によってそのレコーディングの秘話と共に、ミュージシャンらのインタビューやその後の活躍に迫ったドキュメンタリー映画も制作された。これらの2作品は、キューバの伝統的なサルサやソン音楽に新たな息吹をもたらし、それらの楽曲を不朽のものとした。その二つを基に制作されたのが、この新感覚のジュークボックス・ミュージカルだ。

あらすじ&コメント

革命後、ソビエトに頼っていたキューバは、ソビエト崩壊の影響を受けて貧困に喘いでいた。そんな中でアルバムは録音されたが、老ミュージシャンたちが若かりし頃に楽しくダイナミックに音楽を奏でていたのは革命前の話だ。舞台は、革命の迫る1956年と、革命後十数年経った1996年の二つの時代を行き来する。しかし、このミュージカルはアルバムの制作過程やミュージシャンたちの半生を忠実に追うものではない。物語のナレーターは、キューバ人の音楽プロデューサー、ファン・デ・マルコス役が担う。劇中の冒頭で「これからご覧いただくのは歴史的なドキュメンタリーではありません。いくつかは事実で、いくつかは事実だったかのように感じられる事柄です。でも、全てに嘘はないのです。」と語る。実在するマルコス氏は、先に述べたグラミー賞を受けたアルバムの録音にも関わっており、同ミュージカルではコンサルタントとして参加している。

こうして、ハバナの街の黒人だけの黒人の会員制だった社交クラブ、ブエナビスタ・ソシアル・クラブで起こった歌姫とその恋人、そして音楽仲間たち数名に焦点を絞ったドラマティックなストーリーが語られる。昔の仲間を再結集させて録音しようとする過程の中で、回想劇のような短いシーンを挟み込んで、激動の時代に揺れたミュージシャンたちの生活とその歩みに迫っていく。革命の起こる前触れを感じさせる黄金時代の1950年代のキューバも再現しており、ノスタルジーと共に、若かりし頃の後悔にも満ちている。

劇中で歌われるミュージカルナンバーは合計15曲あり、その中の8曲が1997年グラミー賞受賞の最初のアルバムからのもの。そして残りはメンバーによる後発のアルバムからのものである。十数人の国際的な名ミュージシャンがキャストされており、アルバムの収録に関わっている演奏家や歌手として、軽快ながらも力強いなリズムでスタートする舞台は、そこに6人のアンサンブルなども加えて、最初から舞台いっぱいのエネルギーで観客の心を掴む。音楽監督兼ピアニストのマルコ・パギアがオーケストレーションと編曲を担当した。 全てがオリジナル通りにスペイン語で歌われているので、歌詞の内容を理解することができず、普通のミュージカルの様に歌がストーリーを進行させてはいない。通常こういうケースでは音楽劇のように仕上がることが多い。しかし今回、ベテランの奏でる南米独特の発声とその演奏スタイルにに加えて、6人の素晴らしいダンサーのアンサンブルがそれぞれのシーンのムードを見事に作り出している。それによって、スペイン語に精通していない観客にとっても、不思議と立派なミュージカル作品として成立している。

演出は名門パブリックシアターの専属の演出家でケニア出身のヒーム・アリ。彼は、パンデミック後のここ2年の間にブロードウェイやオフ・ブロードウェイで『ファット・ハム』などの演出を手掛けて頭角を現し始めた。マイノリティーや移民、そして外国人に焦点を当てた作品の演出で認められるようになり、分野の異なる人材とのコラボを得意とする。今回も多彩な制作陣の持ち味を活かし、軽快なリズムのキューバの音楽を満喫できるステージにしながらも、同時に詩的情緒に溢れた作品に仕上がっているのが印象的だ。

振付は、ニューヨーク・シティ・バレエ団での活躍で知られ、2018年に劇場街でリバイバルされたミュージカル『回転木馬』でトニー賞の振付賞を獲得したジャスティン・ペックと、彼の妻でキューバ系の移民の子でバレエダンサーのパトリシア・デルガドとの共作になっている。夫婦は2021年にスティーヴン・スピルバーグ監督によってリメークされた映画『ウエスト・サイド・ストーリー』でもコラボしており、サルサとコンテンポラリーのダンスを上手く使い分けている。6名のダンサーたちがクラブの客という設定で踊る際はサルサが目立ち、主人公の歌姫や彼女の姉や恋人の揺れ動く心中を表現する部分はコンテンポラリーダンスとなり、それらのコントラストも味わい深い。特にアンサンブルの一人、Marielys Molinaの踊りは目を惹く。

転換が少ない2階建てのパステルカラー調の舞台装置も絶妙だ。中央にミュージシャンたちが配置された1階は、基本的にクラブやレコーディング・スタジオなど室内の場面で使用される。一方、2階には南国キューバの建物らしい複数の扉があしらわれ、それらが両開きすることで海と夕焼けが描かれた背景が登場。緩やかに引いては寄せてくる潮の香りがしてきそうで、ストーリーのノスタルジックさを倍増させ、なんとも言い難い哀愁を漂わせる。

歌姫役の1996年時のオマラ役は、ブロードウェイのベテランであるナタリー・ベネチア・ベルコンが演じている。歌も演技も上手いし貫禄と知性を感じさせる女優だ。あえて言えば、彼女のブロードウェイ的な発声方法が全体のキューバ音楽の演奏に溶け込んでいない感もある。

同作品は、オフ・ブロードウェイのアトランティック・シアター・カンパニー/Linda Gross Theaterでの初演だ。このカンパニーは、これまでに、ミュージカル『春のめざめ』や『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』、そして『キンバリー・アキンボ』などの名作を初演し、いずれもブロードウェイの作品となってトニー賞に輝いている。今回も、自ずと同様の期待が寄せられている。(上記の『バンズ・ヴィジット』でトニー賞を受賞した作曲家デヴィッド・ヤズベックは、今回、音楽プロデューサーとして参加している。) 革新的なジュークボックス・ミュージカルとして絶賛の同新作だが、今年のトニー賞のミュージカル部門には、多くの新作が登場する予定なので、相当な混戦が予想される。故に、ミュージカル『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が劇場街を目指すのは、来シーズン以降になりそうだ。

遠くの国のあまり知らない場所で起こった革命に振り回された人々の青春時代の断片を鮮明に見せてくれるこのミュージカルは、ドラマチックで衝撃でもあり、エンターテインメント性や普遍性もある。キューバの歴史を知らなくても、十分に満足感に浸ることが出来る作品に仕上がっている。(12/28/2023)

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簡単な経緯

1932年 キューバにブエナビスタ・ソシアル・クラブが建てられた。
1959年 革命によりブエナビスタも含めて社交クラブの閉鎖計画が始まり、多くのミュージシャンが仕事を失った。
1996年 ベテラン・ミュージシャンによるバンドが結集され、このクラブの名前を取ったアルバムがレコーディングされた。
1999年 ドイツのヴィム・ヴェンダース監督は、このスタジオ公演の模様とバンドのメンバーへのインタビューをフィルムに収めた映画を製作。
2023年 舞台ミュージカル『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が作り上げられた。
これは数年前、アルバムの劇場公開権を持つプロデューサーが、キューバ系アメリカ人の劇作家マルコ・ラミレスに声をかけたことがきっかけとなった。

<あらすじ>
第一幕
1996年のハバナ、古き良き時代のキューバの音楽を収めたアルバムの制作を任されたファン・デ・マルコスが、レコーディング・アーティストの歌姫オマーラに相談を持ちかけに行くところから物語は始まります。企画の説明を受け、彼女の人脈を使ってミュージシャンたちを集めてほしいと頼まれるオマーラですが、廃れた古臭い音楽に誰が興味を示すのかと疑問を呈し、過去のようにバンドと一緒に歌いたくはないとの理由で断ります。それでも粘り強いファン・デ・マルコスに対し、オマーラはメインボーカルを自分にし、残りの参加メンバーの全ての人選権を与えてもらえることを条件に引き受けます。そんなオマーラが会いに行ったのは、今ではホテルのロビーで細々と歌っているかつての音楽仲間でギタリストのコンパイです。コンパイは、もうひとりの仲間イブラハムを参加させることを条件にレコーディングを承諾します。イブラハムは今では海辺で歌い日銭を稼いでいた。オマーラは彼を引き入れることに躊躇しますが、それは2人がキューバ革命が始まりつつあった最中に恋人同士で、辛い過去があったからです。
1956年の若かりし頃のオマーラは、富裕層が住む地区で育ち、姉アルデーとともに外国からの裕福な観光客を相手にビッグバンドで歌っていました。そんな最中にオマーラが出会うこととなったコンパイは、あくまでもバックアップ奏者で、さらには肌の色の濃いイブラハムにいたっては、観客の目に触れない奈落でしか演奏させてもらえなかったのです。コンパイやイブラハムが普段に音楽活動を行うのは、治安の悪い下層階級の地区にある音楽クラブ「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」でした。ところがオマーラは、姉アルデーに内緒で「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を訪れ、そこでの活力がみなぎる音楽に魅せられるばかりではなく、イブラハムと恋に落ちてしまいます。そんなオマーラの軽率な行動を知った姉アルデーは激怒します。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のある貧困地区は、父親の出身地でもあるのだと反論するオマーラ。しかし姉アルデーは、だからこそ父は富裕層の地区に家を買い、娘たちを育てたのだと説くのです。
一方、アルバムの制作が進む1996年、コンパイは、海辺で細々と生活費を稼ぐ落ちぶれたイブラハムに、レコーディングの話を持ちかけますが、断られてしまいます。一方、スタジオではオマーラが中心となってボーカルを担うアルバムの録音が順調に進みます。が、イブラハムとの思い出の曲を歌い始めた途端に彼女の感情は高ぶってしまいます。そして感極まった彼女は、とても歌える精神状態ではなくなり、レコーディングそのものを中断せざるを得ない状況に陥ってしまうのです。
1956年では姉アルデーとオマーラとの確執が日々深まっていました。レコード会社が自分たち姉妹に注目している背景もあり、大衆的な「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に入り浸り、イブラハムとの時間を過ごすオマーラの行動を、姉アルデーは快く思えません。それでもオマーラは、とうとう「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で歌手として正式デビューをしてしまいます。同時に世間では、キューバ革命の混乱の足音が刻々と近づき、暗雲が立ち込めていました。
第二幕
1956年のキューバは分裂状態にありました。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで歌うようになり自分自身を発見、歌手であることへの喜びを噛み締められるようになった、と主張するオマーラですが、姉アルデーにとっては納得がいきません。一方、コンパイとイブラハムは革命の影響で、自分たちやブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに危機的状況が訪れようとしていることを察知し始めます。
1996年のレコーディングでは、突然歌えなくなったオマーラは、姉アルデーとの最後の日に思いを馳せていました。それは姉アルデーが家族とともに革命が迫るキューバを去った日の記憶ですが、姉はアメリカで何年も前に既に亡くなっている事実を、オマーラはコンパイに打ち明けます。そんなコンパイにも、多くのキューバの人々が亡命した1956年の記憶がよみがえってきます。
あの頃、姉アルデーがボディーガードを雇いブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに、オマーラを連れ戻しにやって来ます。ボディーガードたちは、それを止めようとするイブラハムに暴力さえ加えるのです。父親が反逆者だとして脅迫を受けたこともあり、即刻にキューバを逃げ出す必要があるのだとオマーラを説得しようとする姉アルデー。クラブの人々やミュージシャンたちは、オマーラとは違う世界の人々で、一生馴染めないのだと忠告するのです。しかしオマーラは聞き入れず、姉アルデーを追い返します。
1996年のスタジオからはオマーラが突然姿を消し、ファン・デ・マルコスは落胆しています。キューバから離れたことがなく、母国で博士号を取得した勤勉なファン・デ・マルコスは、今回のレコーディングを何とか成功させ、キューバ音楽を世界に向けて発信できることを切に願っていたのです。そんな彼を勇気づけるのは、革命の悲劇を生き延び、今なお音楽に従事するコンパイでした。
姉アルデーと家族がキューバを去ってからも、1956年のオマーラは孤独を噛み締めながら、いつ何が起こるかわからないブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで歌い続けています。そんなオマーラをスカウトするのはレコード会社のエージェントで、録音デビューを打診されるのです。イブラハムも一緒にボーカルを録音できるのであれば承諾する、と返答するオマーラですが、肌の黒い彼をレコードのジャケットに印刷することは出来ないのだとエージェントに指摘され、世の中の厳しい現実を突き付けられるのです。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブも含め、ホテルなどの娯楽施設の閉鎖が間近に迫っているという実状を汲み取ったオマーラは、悩み抜きます。
録音スタジオを飛び出した1996年のオマーラは、廃墟と化したクラブを訪れます。そして、亡命した姉がそれから間もなくして異国で病に倒れ孤独死したこと、コンパイが反対する一方で、イブラハムに諭されてレコード会社とソロ契約を結び、ひとりでデビューした悲しい決断などを振り返ります。
家族、そしてクラブのかけがえのない仲間たちと決別することになった1956年のオマーラは、孤独感に押しつぶされそうになりながらレコーディングに挑みます。やがて革命の波が押し寄せ、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブはついに閉鎖の憂き目に遭うのです。
1996年のオマーラは覚悟を決め、海辺で歌うイブラハムに会い、過去の身勝手を詫びます。そしてイブラハムが慎ましくも大勢の家族に恵まれ今も音楽とともに生きていることを知り、孤独感しか手に入れることができなかった自身の人生と照らし合わせるのです。今度は自分ではなくイブラハムのアルバムにしたいのだと、彼にレコーディングの話をするオマーラ。そして2人はともにスタジオに戻り、オマーラとイブラハムがボーカルを担ってのレコーディングが満を持して再開されるのでした。(12/28/2023)

Atlantic Theater Company Linda Gross Theater
336 West 20th Street
between 8th & 9th Ave.
公演時間:120分(休憩一回)
公演期間:〜1月28日、2024年

舞台セット:9
衣装:8
照明:7
キャスト:9
総合:9
©Ahron R. Foster
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