Cats: The Jellicle Ball キャッツ:ジェリクル舞踏会

Cats: The Jellicle Ball
キャッツ:ジェリクル舞踏会

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
Cats: The Jellicle Ball
キャッツ:ジェリクル舞踏会
Cats: The Jellicle Ball キャッツ:ジェリクル舞踏会

2024年の夏のニューヨーク演劇界でチケット入手に困難を極めたのが、オフ・ブロードウェイで上演されたミュージカル『キャッツ:ジェリクル舞踏会』。猫たちが都会のゴミ捨て場に集い、天上へ昇ることを許される1匹を選ぶという内容のお馴染みのミュージカル『キャッツ』を、新たな視点で見つめ直したリバイバルだ。

2024年の夏のニューヨーク演劇界でチケット入手に困難を極めたのが、オフ・ブロードウェイで上演されたミュージカル『キャッツ:ジェリクル舞踏会』。猫たちが都会のゴミ捨て場に集い、天上へ昇ることを許される1匹を選ぶという内容のお馴染みのミュージカル『キャッツ』を、新たな視点で見つめ直したリバイバルだ。

期間限定の公演を3回にわたり延長しもののソールドアウトの大盛況の日が相次いだ『キャッツ:ジェリクル舞踏会』は、オフ・ブロードウェイ作品であるにも拘らずチケットが高額で取引され、メディアの大絶賛も人気を後押しした。最難関のNYタイムズ紙に至っては、劇評家の推奨作品に選出し、“喜びを解放する”舞台だと称えたほど。他にも、「今のニューヨークで最も熱い舞台は『キャッツ』である」と公言できるのは、作品が初演されて間もない1980年代の前半以来などと高い評価を得たのだ。

今回のリバイバルは、基本的には従来のミュージカル『キャッツ』に、ボール・カルチャーの要素を反映させ、新たな解釈を加えたものとなる。マドンナのヒット曲「ヴォーグ」や、1990年のドキュメンタリー映画『パリ、夜は眠らない。』で広く知られるようになった、LGBTQ+の人々によって確立されていったボール・カルチャーの世界観をお馴染みの『キャッツ』へと当てはめていくものだ。

性的マイノリティのアフリカ系アメリカ人やラテン系の人々によって、1980年代にニューヨークのハーレムを中心に大ブレークした同文化では、家族から理解されずに見放されて行き場を失った若者が、“ハウス”という共同体をつくり、それぞれの団体に“マザー”と呼ばれる母親のような存在がいた。そして、そうした”ハウス”に所属する若者たちが集まって、ダンスやファッションでトロフィを競い合うコンテストを催したことで知られる。

今回の『キャッツ:ジェリクル舞踏会』は、これまでのように集まった猫たちが天上へ昇って生まれ変わる1匹を選ぶという内容ではない。複数の“ハウス”から所属するLGBTQ+の人々が集い、トロフィを求めてコンテストを繰り広げるという設定へと変更されたのが最大の特徴だ。

作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーとの厳しい規約から、楽曲の大幅な変更は叶わない。とはいえ、今回の新解釈版の発案者である演出家2人は、楽曲に「(猫たちが)夜に集まってくる」、「(猫たちは)夜の女王である」という要となる歌詞があることに着目、ボール・カルチャーの人々の物語に置き換えても十分に成立すると判断したという。

上演されているのは、旧貿易センタービル跡地の開発の一環として、昨年に満を持してオープンしたばかりの複合芸術施設PAC・NYC。立方体の建物はワン・ワールド・トレード・センターのビルがそびえ立つ隣に位置し、セレブ・シェフが手掛ける飲食店がホワイエに入るなどバラエティに富んだ空間となり、そんな施設の中にある客席数450の劇場での夏の演目となる。

PAC・NYCがプロデュースする最初の作品ともなり、1年前に制作が発表されたが、当時は期待を寄せる声は少なかった。ブロードウェイ初演では18年に及ぶロングランを達成した同作品だか、2016年のリバイバルは勢いが衰えて2年と持たなかったという事実も否定的な意見が多かった大きな理由。

ところが、今年の5月下旬にPAC・NYCが稽古場の映像をSNSで公開すると、一転して瞬く間に注目が集まっていく。これまでの『キャッツ』のようにダンスの振り付けはバレエの動きが基本となる古典的なものではなく、衣装もユニタードとレッグウォーマーで猫を表現するものではないことが、多くを驚かせた。そしてプレビュー開始前から最初の期間限定公演の延長が発表されたのだ。

今回の場面設定は都会のゴミ捨て場ではなく、劇中のミュージカルナンバー「天上への旅」の歌詞(Up Up Up Past The Russel Hotel)から着想を得て、“ラッセル・ホテル内のジェリクル・ボール”となっており、ダンスホールへと変更された。

そのため、17メートルの細長い長方形のランウェイ/キャットウォークのステージを3方向から囲む形で客席が配置されている。ステージのサイドにはコンテストの審査員の席と、$300超で販売されるテーブル席、2階席にはDJのブースも設けられた。さらにステージ奥の上方には巨大な倉庫の窓を模した大道具が吊るされ、会場があたかもハーレムなどにあるかのような印象を与えていく。

開演時間になると、今回唯一の新しい登場人物となるDJが登場、ミュージカル『キャッツ』の初演のキャスト盤のレコードを手にする。すると、アスパラガス役を演じているボール・カルチャーの大御所ジュニア・ラベイジャによる開演前のアナウンスの録音が流され、写真撮影や録音、録画の禁止に関する注意事項が終わると、最後に以下のようなアナウンスが続く。

「観客のみなさんの多くは伝統的な演劇が好きな子猫ちゃんたちで、おとなしく座ってリアクションを控えるのが好みでしょう。でもダーリン、これは舞踏会なのよ。手を叩いて、歓声を上げて、大げさに感情表現をして、人生の新たな発見をするのよ」

こうしたアナウンスを経て、馴染みのオーヴァーチュアが始まり開演する。新曲の追加はなく、楽曲のカットや順番の変更などは勿論ない。シンセサイザーの音やテクノの要素が増えたことで、ナイトクラブの雰囲気を醸し出すが、編曲も最小限にとどまり、舞台はこれまで通りに進行していく。一方で、実際にボール・カルチャーを牽引している出演者など、多様性のあるキャストに合わせてキーが変更になっている楽曲はある。また、いくつかのミュージカルナンバーではラップが加えられ、物語そのものを大きく左右しない程度に、キャラクター同士がトロフィを競い合うダンスのコンテストが繰り広げられていくのが見所。そして、ステージ上に吊られた上下昇降する巨大ミラーボールも楽曲を盛り上げていく。

大幅な変更は叶わないものの、登場するキャラクターたちにボール・カルチャーであることを踏まえた特徴を持たせることは可能。無料配布されるプログラムにある出演者と登場人物のリストには、一人ひとりがどういった立場の人物か短い説明書きがある。各々の所属する“ハウス”の団体名などが添えられることで、それぞれの立ち位置の違いが理解でき、設定に奥深さを加えることに成功したのだ。

これまでの長老猫オールドデュトロノミーは、コンテストの審査委員長で、コミュニティのリーダーであることが明確にされる。娼婦猫グリザベラは、くすんだトロフィを手にし、過去に人気を博した同文化でいう“マザー”であったことが示唆されるといった具合だ。

出演者は、演劇界とボール・カルチャーの業界からの総勢22名がバランス良くキャスティングされた。登場人物の中でも老巧な役柄であるオールドデュトロノミーとアスパラガスのキャスティングがそれを象徴する。オールドデュトロノミーを演じるのは、ミュージカル『ハデスタウン』でトニー賞を獲得した演劇界のベテランのアンドレ・デ・シールズ。一方でアスパラガスを演じるのは、ボール・カルチャーの存在を一躍有名にしたドキュメンタリー映画『パリ、夜は眠らない。』でその名を知られるジュニア・ラベイジャで、貫禄のある2人の存在が際立つ。他にも、性別や体形など様々な観点でのバラエティ性を追求したキャスト全員が得意分野を生かし、演技や歌、ダンスなどのスキルを次々と披露していく。

振り付けは、ボールの参加者たちが発信したヴォーギングの動きが基本。従来の若いリーダー猫のマンカストラップが今回はMCを担っていることもあり、彼が様々な楽曲で掛け声やラップにより観客をリズムに乗せていく。同時に彼が観客にも立ってダンスをするよう促すシーンも複数回にわたってあり、会場全体を盛り上げる。出演者と観客が交わることで成立する作品となり、楽曲が歌われる中での手拍子や拍手、そして歓声や笑い声のないミュージカルナンバーが皆無に等しいほど、終始熱気に包まれたまま舞台が進行していくのだ。

客席にはLGBTQ+の人々も目立ち、ロビーにある売店では、Tシャツやキャップと並び販売されている煌びやかな赤と虹色の2種類の大型の扇子を買い求めるケースも多く、観劇中にそれらを楽曲のリズムに合わせて頭上で扇ぐのは通常の劇場では見られない光景。

第2幕の冒頭の楽曲「幸福の姿」では、ステージ上に張られたスクリーンに、過去の性的マイノリティの偉人たちが順番に写真とともに紹介され、客席からは感嘆の声が広がり、温かい拍手が鳴り止まない。そしてフィナーレを飾る「猫からのごあいさつ」の楽曲で、自分たちへの理解を求めると、観客の心はさらに動かされ涙さえ浮かべる光景も非常に新鮮。楽曲のメロディや歌詞は同じでも、これまでとは明らかに異なるメッセージが今回のリバイバルには加味されていることが容易に汲みとれるのだ。

『ル・ポールのドラァグ・レース』といったリアリティ番組のヒットの影響も受けてか、昨今のニューヨーク演劇界ではドラァグクイーンやトランスジェンダーなどの活躍が目覚ましくなってきている。2023年のトニー賞で、ミュージカル主演男優賞と助演男優賞の双方にてノンバイナリーな俳優が受賞したのは記憶に新しいところ。またドラァグクイーンのジンクス・モンスーンがミュージカル『シカゴ』と『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』への出演を果たしたこともしかり。こうしたトレンドも背景に誕生したのが今回の『キャッツ:ジェリクル舞踏会』なのかもしれない。

昨今、アンドリュー・ロイド=ウェバーの作品に新たな解釈を加え、斬新な演出などを以って上演するのがトレンドとなりつつある。ロンドンで大絶賛され演劇賞を総なめにし、この秋にブロードウェイに登場することとなったミュージカル『サンセット大通り』の抽象的なリバイバルもそのひとつ。

これと同様に、『キャッツ:ジェリクル舞踏会』もブロードウェイに昇格するのが当然だとの声がきこえるようになっていった。ただし、昨今のブロードウェイでイマーシブな作品が興行面で成功する可能性は限りなく低いのが現状となり、同作品も劇場街に挑んでも同じ轍を踏むとの見解も多い。40年以上前に産声を上げた作品に新たな可能性を見出した新生『キャッツ』が、今後どのような道のりを歩むのか、大きな関心が寄せられている。(7/31/2024)

Perelman Performing Arts Center 251 Fulton Street New York, NY 10007 上演時間:2時間30分 (休憩一回) 公演期間:2024年6月13~9月8日

舞台セット:7
作詞作曲:9
振り付け:7
衣装:6
照明:7
キャスティング:7
総合:8
©Matthew Murphy and Evan Zimmerman
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