永遠に美しく…
そんな大作の企画が公になったのは2017年のことで、昨年の春のシカゴでのトライアウト公演を経てブロードウェイ上演に至った。トライアウト公演から劇場街への上陸の間には、ミュージカル『ウィキッド』で知られるマーク・プラットや、映画監督のスティーヴン・スピルバーグがプロデューサーとして新たに加わり、今シーズンきっての注目作となったのである。
物語の基本的な流れは原作映画と同様で、不老不死の秘薬により永遠の若さを手に入れようと目論む女性2人の対立と、彼女たちに振り回される優柔不断な美容外科医を中心として展開する笑いの絶えないゴシックホラー色の濃いミュージカルに仕上がった。
ブロードウェイでミュージカルにも主演する女優マデリーンと作家のヘレンは、永遠の宿敵として競い合ってきた。しかし、老いとともに衰えていくその美貌は悩みの種で、2人は妖艶な謎の女性ヴィオラ・フォン・ホーンが提供する禁断の秘薬を使い、永遠の若さを手に入れる。ところがその不老不死の秘薬は、若さを取り戻せるものの、どんな致命傷を負ってもそれを抱えたまま永遠に生き続けなければならない運命を課されるというものだった。
2人は殺し合いを始めるが、首を折り複雑骨折しても、銃弾で体に穴を開けられても死には至らない。仕方なく、かつて奪い合ったこともある美容外科医の男性アーネストから半ば強制的に協力を取り付け、悲惨な状態になった体を修復してもらうしかなかった。ところが、秘薬を飲む場合にはひとつの契約があり、向こう10年は脚光を浴びるものの、その後は亡くなったことにするなどして、人々の前から姿を消さなければならない。ライバルだった女優マデリーンと作家ヘレンには、心を入れ替えて友情を育むしか道はなく、残された永遠の人生をともに歩んでいくことを決意するのだった。
原作映画と大きく異なるのは、主人公の2人に不老不死の秘薬を提供する女性ヴィオラ・フォン・ホーン(原作映画のリスル・フォン・ローマンからキャラクター名が変更)の存在感と役割が極端に大きくなっていること。これは同役に、デスティニーズ・チャイルドのメンバーとして知られる、ミシェル・ウィリアムズがキャスティングされているためでもある。準主役とはいえ、出演者の中で際立って知名度の高い彼女に、より多くの見せ場を与えようとした結果となるようだ。開演直前のアナウンスの録音は、当然のようにヴィオラ・フォン・ホーン役に扮したミシェル・ウィリアムズによるもの。
次に短い序曲が終わると彼女がオーケストラピットの奈落からせり上がって登場、舞台はヴィオラ・フォン・ホーンの大邸宅へと移り、オープニングナンバーが始まる。また原作映画と同じくダークコメディの要素はあるが、基本的には皮肉たっぷりのシニカルなジョークの連続で笑いを誘うことに重点が置かれているのも大きな特徴。時代設定を現代に変更していることから、今のアメリカ生活では欠かせない送金アプリのVenmoを台詞に登場させ笑いにするなど、あらゆる角度からコメディの要素を引き立てていく。
コメディ路線に偏った代表例が、物語の前半に自己中心的な女優マデリーンがブロードウェイで主演するミュージカルという設定で繰り広げられる劇中劇のミュージカルナンバー。笑わせることに専念したそんな劇中劇のミュージカルのタイトルは『Me! Me! Me!(ミー!ミー!ミー!)』で、“艶のために”といった意味合いの「For The Glaze」というタイトルの楽曲が披露される。
マデリーン演じる劇中劇のヒロインが、自分自身の美をひたすら褒め称える内容で、彼女が何度も衣装替えをしながらアンサンブルと歌い踊っていく。レビューのような豪華なミュージカルナンバーで、歌詞の内容と関係なくテーマはなぜかゲイとなっており、男性アンサンブルは虹色があしらわれた煌びやかな衣装で登場する。複数回あるマデリーン演じるヒロインの衣装替えもゲイをテーマに、終盤はライザ・ミネリの格好になり登場、ものまねで客席を沸かせていく。そして仕舞には、その母親ジュディ・ガーランドの格好になり、映画『オズの魔法使い』に登場するおさげのヘアスタイルの少女ドロシーの姿で登場、曲の最後にはキャノン砲で大量の虹色の紙テープが客席に打たれるというコメディ路線の徹底が見事だ。
今回の女優マデリーン役を演じるのは、TVドラマ『SMASH』で人気を博したメーガン・ヒルティとなり、彼女の得意とする“おバカキャラ”によるコミカルな演技の才能が最大限に引き出される劇中劇の場面となった。
秘薬を飲んで不老不死の体を手に入れたマデリーンとヘレンが殺し合い、首が180度回転し、銃で撃たれ腹部に大きな穴が開くといったホラー要素の描写は、原作映画の見せ場のひとつで、舞台版でも可能な限りの再現を試みている。ただし、決して仕掛けがわからない最新技術を駆使したものではなく、これまでにも様々なライブエンターテインメント作品でお馴染みの視覚や特殊効果を応用したもの。激しく掴み合うマデリーンとヘレンの大乱闘は、男性アンサンブルが主役の2人の女優の代わりにアクションを担うが、当人たちではないシャドーであることは一目瞭然。同じ衣装とウィッグでも体型がかなり異なり、後ろを向くなどして客席から顔を隠すことをほとんどしないため、別人であることは明確に伝わる。敢えて、女装して格闘する男優2人という形で観客を笑わせている節さえあるのだ。ローテクな特殊効果に落胆する観客も少なくはないようだが、そもそも制作陣には革新的な技術や見せ方によるイリュージョンで驚かせようという狙いはなかったのかもしれない。
コメディアンのジュリア・マティソンによる楽曲はゴシック調のものが多くホラー色を強調しつつ、歌詞では観客を笑わせることに重きを置く趣向だ。また、オープニング曲にあるゴシック調の短いフレーズが、フィナーレやヴィオラ・フォン・ホーンの大邸宅のチャイムにもなっているほど徹底して何度も繰り返され、耳に残っていく。装置をデザインしたのはミュージカル『ムーラン・ルージュ!』も手掛けたデレク・マクレーンで、今回も同様に劇場に足を踏み入れた瞬間から作品の妖艶な世界観に観客を誘うことを目指している。作品のテーマ色が秘薬と同じ紫となり、舞台装置や照明、そして劇場内のライトがそれに倣ってパープル仕様になっているのだ。そしてプロセニアムアーチの外の客席側にもドレープの生地があしらわれ、劇中のヴィオラ・フォン・ホーンの大邸宅の舞台装置と同じアーチを支える巨大な柱がそびえ立ち、規模の大きさが観客の目を奪う。
初日を迎えて出揃ったメディアの評価は概ね高いものとなった。こういった高額な制作費をつぎ込んだ映画原作のコメディ作品を忌避する傾向にある劇評家たちも、絶賛とまではいかないものの低く評価することはなかったのが大きなサプライスとなったのだ。
現時点では、一週間の興行収入が100万ドル超となることが多く、年末年始のホリデーシーズンでは大健闘した。そして100万ドル超の興行収入は、観光客が激減し、ほとんどのブロードウェイ作品が大苦戦する1月~2月も持続する。ただし、長期にわたるロングランを成功させられるかは、大掛かりで上演コストも高額なだけに不確かで、今後の動向から目が離せない。
ところで、同ミュージカルが昨年の10月23日にプレビューを開始すると、ブロードウェイでロバート・ゼメキス監督の映画を原作とする2作品が同時に上演されるという前例にない珍事となった。2023年から上演されていたミュージカル『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に、ミュージカル『永遠に美しく…』が仲間入りをしたのである。最も、前者は2025年の1月5日にロングランを終了したため、2カ月強の短い期間だったとはいえ、巨匠による映画を原作とする舞台の同時上演というのは類を見ない出来事。以前にビリー・ワイルダー監督による映画を原作にしたミュージカルが同じ年に2作品上演されたことはあったが、あくまでも並行してではなかったのだ。そう考えれば、今シーズンはスティーヴン・スピルバーグ監督がプロデュースを手掛けるミュージカル『永遠に美しく…』と、これから開幕するミュージカル『SMASH』という2作品が同時上演され、賞レースで栄誉を競い合う可能性も高い。名だたるハリウッドの映画監督と劇場街ブロードウェイとの距離が、これまでにないほど縮まったと感じられるシーズンとなった。(11/16/2024)
Lunt-Fontanne Theatre
205 W 46th Street New York, NY 10036
上演時間:2時間20分(休憩一回)
公演期間:10月20日~




