(ディスラプション)
あらすじ&コメント
シリコンバレーで大成功を収めた起業家ニックが、大学時代の親友とその妻たち、3組のカップルを高級レストランでのディナーに招き、「人生の大きな決断を人間自身より上手に導けるAI」への投資を提案するところから話は始まる。いわば、車のWazeのように人生をナビしてくれるアプリを世に出そうというのだ。
ディナーには、ニックのビジネス・パートナーで、若き天才プログラマーのレイヴンも加わる。二人は表向きには「この新しいAIプログラムに50万ドル投資しないか」と持ちかけているが、実は別の計画があった。(ネタバレ:彼らは友人6人を「実験対象」にし、AIを使って人の人生をどこまでコントロールできるかを試そうとしている。)
アンドリュー・スタイン(Andrew Stein 脚本)は演技を学んだ後に商業不動産会社を経営するという異色の経歴を持ち、2018年頃から劇作家として活動している。「技術が人間の自由意志をどう変えるか」というテーマには、長年関心を寄せていたようだ。不動産業に携わっていた頃は、シリコンバレーの起業家たちと接する機会も多く、彼らが口癖のように「何をDisrupt(破壊・革新)できるか」と話しているのを聞き、「ディスラプション」という言葉に強く興味を持ったと、本人は述べている。
シリコンバレーでは、「Disruption」はポジティブな流行語として使われており、「既存の産業ややり方を根本から覆す革新」という意味がある。
この戯曲では、ニックとレイヴンが作ったアルゴリズムが、まさに「人生の決断の仕方をディスラプトする」ものとして登場する。しかし実際には、友人たちの人生や人間関係、さらには自由意志そのものを乱して(disrupt)しまうという皮肉が込められている。
ハーシュ・エリスは、ロンドン初演に続き、今回のニューヨーク公演でも演出を担当。シーンの合間には、デジタルなスピード感のある音楽に乗ってキャストが出入りし、まるでチェスの駒のように動く。テーマを象徴する、全体に緊張感の漂う演出だ。
舞台装置はゾーイ・ハーウィッツ(Zoë Hurwitz)。
会場は客席配置を柔軟に変えられる空間で、この公演では細長い長方形の舞台を挟み、観客が向かい合う形で座る。最初は舞台の向こう側が鏡になっていて、自分たちの姿が映っているのかと思いきや、実際には反対側の客席だった。
舞台は縁が光る巨大な画面のようにデザインされている。フロアには文字や、役者の周りに光の円が波紋のように広がる映像が投影され、キャラクターたちがまるで「画面の中」で動いているかのような印象を与える。
キャストの中、コンラッド・リカモラ(Conrad Ricamora)は、『Oh, Mary!』のエイブラハム・リンカーン役で楽しませてくれた俳優で、『The King and I』『Here Lies Love』などにも出演している。
ジル役のエリザベス・スタンリー(Elizabeth Stanley)は、2020年、『Jagged Little Pill』のメアリー・ジェーン役でトニー賞「最優秀主演女優賞(ミュージカル部門)」にノミネートされている。また、スージー役のショーネット・ルネ・ウィルソン(Shawnaette Renée Wilson)も、独特の存在感を放っている。
現代を生きる私たちは、自分の個人情報がどこまで知られているのだろうと不安を覚えることがある。また、アルゴリズムによって選ばれた情報が、個人の思考や思想まで形づくっていると感じることも多い。そういう意味でも、現代社会の危うさを鋭く浮き彫りにする作品だ。
劇中では、インターネットが検索履歴や位置情報、会話といったデジタルデータを収集し、本人さえ表に出していない欲望や不満、秘密まで把握していることが示される。後半では、そうしたデータそのものが武器となり、次第に不穏な空気を帯びていく。
いくつか気になった点を挙げると、ニック役のジョン・デイヴィッド・ワシントン(John David Washington)は、映画でゴールデン・グローブ賞にノミネートされたこともある実力派俳優だ。しかし、彼の醸し出す雰囲気が、シリコンバレーで投資を募る起業家のイメージとはどうしても重ならず、役柄に説得力を欠いていた。ただし、これは彼自身の責任ではないだろう。
一方、ショーネット・ルネ・ウィルソンとの相性は抜群で、会話にも心地よいリズムがあり、二人のシーンには私を含め、観客がじっと見入っていた。俳優同士の相性が場面にもたらす力には、いつもながら驚かされる。
終盤、レイヴンとニックは、ビジネス・パートナーとして折り合えない重大な問題に直面し、二人の間に暴力の気配が漂う。しかし、その関係がどうなったのかは明らかにされないまま、結末を迎える。その幕切れは、かえって大げさで、ややマンガチックな印象を残す。二人の関係にはもう少し明確な決着をつけ、物語の締めくくりはむしろ余韻を残す程度にとどめた方が、観客の心に深く刻まれたのではないだろうか。
とは言え、斬新な着想と巧みな展開で最後まで客席を惹きつける、スリリングで見応えのある作品だった。
会場のPershing Square Signature Center(パーシング・スクエア・シグネチャー・センター)は2012年にオープンした劇場施設で、設計を手がけたのは世界的に知られる建築家フランク・ゲーリー。
今回使用されているRomulus Linney Courtyard Theatre(ロムルス・リンニー・コートヤード劇場)は、このセンター内にある、演目に応じて客席配置を柔軟に変えられる劇場空間だ。(8/22/2026)
Pershing Square Signature Center
Romulus Linney Courtyard Theatre
480 West 42nd Street
上演時間 2時間(休憩1回)
公演期間: 8月2日〜10月4日



