あらすじ&コメント
ファリネッリの両親は、彼が10歳の時にその美しい声を保つために、去勢させた。去勢は、1870年に違法になる前まで、イタリアで歌の才能のある男子に行われることがあった。その結果得られた声は、カウンターテナーやボーイソプラノと似ていると言われるが、男性の強い声帯とその肺活量をもって発生される美しい質感は真似しがたいらしい。そしてファリネッリは、「歴史的に偉大なオペラ歌手」と呼ばれるほどの美しい声を持っていたと言われる。フィリップ五世は彼の歌声を聴くことで次第に心穏やかになり、容態が改善していった。そしてファリネッリは、王が40歳で亡くなるまで彼の側で9年間歌い続け、その後も、王の地位を継いだフェルナンド6世の元で歌い続け、1759年にイタリアに戻ったが、2度と舞台に立つことはなかった。
主役のフィリップ5世を演じるマーク・ライアンスは、1997年に設立されたシェイクスピアズ・グローブ劇場の芸術監督を2005年まで務めたが、この作品の戯曲作家である彼の妻のクレア・ヴァン・カンペンは、当時同劇場の芸術監督補で、 現在でも同劇場で上演される作品の作曲や編曲を手掛けている。『ファリネッリと王様』は彼女が初めて書いた戯曲である。クレア・ヴァン・カンペンは以前から音楽と人の脳神経との関係に深い興味があったそうで、同戯曲を通して、音楽とメロディが持つ神秘な力と芸術の意味に迫っている。しかし戯曲作家としてはまだ初心者であり、その分ファリネッリによる歌唱場面での歌に頼る必要があったが、イエスティン・デイヴィスが、見事にその役目を果たしている。
因みにファリネッリ役は二人により演じわけられる。芝居の間はテレビでも活躍するサム・クレーンが、そして歌唱場面になると、メトロポリタン・オペラでも歌い、その歌声の素晴らしさでエリザベル女王から大英帝国勲章も受けたカウンターテナーのイエスティン・デイヴィスが担う。そして、歌唱場面になるとデイヴィスが扮するファリネッリがおもむろに登場して歌うのだが、彼の歌うヘンデルの曲(8曲)はあまりにも美しい。そこで彼が舞台に出てくる度に「あ、歌う、歌う」とウキウキしたのだが、つまり他の部分はそれほど面白くないということなのだろう。
トニー賞3回、アカデミー賞やオリヴィア賞も受賞し、その演技の上手さで人気のマーク・ライアンスが出演するとあって楽しみにしていたが、フィリップ5世の役柄は薄く、ライアンスの才能がはみ出していた。別の俳優でも良かったのかも知れない。最初、彼は他の仕事が入っていたらしいが、それが延期されたことでスケジュールが合い、「出たい」と手を挙げたらしい。
ジョナサン・フェンサムによって重厚で美しく飾られ、蝋燭が灯されているスペイン王の寝室のセットから始まる舞台は、2013年にブロードウェイに来た『リチャード三世』/『十二夜』を思い出させるだろう。どれも同じくシェイクスピアズ・グローブ座生まれであり、同じスタイルで創作されている。7人のミュージシャンは、舞台装置の中二階、美しく装飾された手すりの背後でバロック音楽を奏でている。観客はそのスペイン王の様に、その静かで神秘的な不思議な音楽の魔法にかかっていた。
閉演: 2018年、3月15日
Belasco Theater,
111 W. 44th St
公演時間:2時間30分(15分の休憩)
舞台セット ★★★★★
衣装 ★★★★☆
照明 ★★★★★
総合 ★★★★★
©Marc Brenner
©Marc Brenner
©Marc Brenner
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