思春期病棟の少女たち
物語は原作の著者で作家志望のスザンナが1967年の過去を振り返り、自殺未遂をして境界性パーソナリティ障害と診断され、18歳でボストンにある精神病院に入院した経験を紡いでいく内容。
世間から隔離された病棟で過ごした18カ月の中での様々な病を抱えた同世代の女性たちとの出会いが、休憩なしの1時間50分で描かれていくのだ。
スザンナは脅迫観念や摂食障害などに苛まれた入院患者との交流を通し、精神面での正常と異常との相違を模索していく。
さらには家庭に入るのが当然のように望ましいとされ、社会で活躍することの難しかった1960年代の女性たちの心のもどかしさにも迫り、妊娠や避妊などに対する捉え方や価値観にさえ思索を巡らせる。
“中断された女”といった意をもつ原題『Girl, Interrupted』の由来となり、同時に物語の象徴にもなっているのは、ヨハネス・フェルメールによる絵画「中断された音楽の稽古」。
17世紀に描かれたとされる同絵画では、中央に座ったひとりの少女が楽譜を手にしたまま、その視線を額縁の外の手前にいる鑑賞者へと向けている。
原作者は音楽の指導の時間が何者かによって邪魔されたであろう絵画の中の少女の心情を、青春真っ盛りで半ば強制的に精神病院に入れられ人生を中断させられた自分の不遇と照らし合わせているのだ。
1969年、スザンナの退院が叶い彼女は1年半ぶりに自由を手に入れる。
それから約20年後の1987年には社会における精神疾患の認識や定義などの変化が顕著となり、かつて病院で出会った多くの知人たちが社会に復帰、大人になって再会した例もあったことが綴られていく。
グラミー賞の受賞経験を持つエイミー・マンが楽曲を担当し、ミュージカル『ムーラン・ルージュ!』でその名を馳せたソーニャ・タイエが振付けをしたことで作品への期待は一気に高まり、前売りチケットの好調な売り上げにも貢献した。
エイミー・マンによる楽曲はどれも美しく耳馴染みの良い旋律が特徴で、この作品の要として圧倒的な存在感を放つ。
そして基本的に出演者の男女2人が複数の楽器を用いて伴奏を担う点も、室内楽を彷彿とさせ興味深い。
そもそも今回の舞台版は、彼女が原作のミュージカル化を目的として2018年に作詞・作曲を始めたことに端を発する。
順調に進んだ作詞・作曲だったが新型コロナウィルスによるパンデミックによってミュージカル化が頓挫、お蔵入りを逃れる目的もあり書かれた楽曲を収録したアルバムが2021年にリリースされたのだ。
今回の舞台版で歌われるのはリプライズも含めて合計15曲あるが、そのほとんどが先発のアルバムに収録されている。
本来はミュージカル作品のナンバーとなる予定だったこともあり、楽曲数の多さを考慮すると“音楽劇”というジャンルに分類されるに至ったのは少々勿体ない気さえした。
一方、ステージングや出演者たちの動きは至ってシンプルなものとなり、感情表現を全面に押し出すキレの良い振付けを得意とするソーニャ・タイエの持ち味は影を潜め、彼女を起用した理由を見出すことはできないのが残念。
全体的に平坦な流れや暗い物語、またフェードアウトしつつ終わる楽曲もあり、2時間近い上演中に観客は拍手をするタイミングを見計らいつつも、最終的にはカーテンコールまで反応をする機会を逃したままで終わる。
とはいえ、メディアによるおおむね低い評価にも拘わらず、チケットは完売の日が続き、期間限定公演は最終的に2回にわたり延長される大盛況となった。
今年の演劇界では、1970年代のアメリカを舞台に7名の女性たちが権利やフェミニズムについて熱い論議を交わす戯曲『リベレーション』がピューリッツアー賞とトニー賞を同時受賞した。
同作品が描く10年前となる1960年代のアメリカの女性たちの葛藤を取り上げた作品として考えると、今回の音楽劇『思春期病棟の少女たち』の存在価値がさらに高まっていく。(5/25/2025)
The Public Theatre/Martinson Hall
Lafayette Street New York, NY 10003
上演時間:1時間50分(休憩なし)
公演期間:2026年5月13日~7月12日



