Gypsy
ジプシー
Gypsyジプシー

アーサー・ローレンツ脚本、ジューリー・スタイン作曲、スティーブン・ソンドハイム作詞という錚々 (そうそう) たる名士達によるミュージカル『ジプシー』が、1959年の初演から数えると6回目となるブロードウェイでのリバイバル迎えた。この物語は、実存のバーレスク・エンターテイナー*、ジプシー・ローズ・リー(1969年没)に焦点を当てつつ、幼い彼女が成長し独り立ちできるように厳しく、かつ支配的に教育するステージ・ママ、ローズ・ホヴィックをも見事に描ききった作品となっている。

さてこの母親のローズ・ホヴィック役は、多くのミュージカル作品の中で特に高い歌唱力と演技力を必要とされてきた役で、これまでの5作品も時の大女優によって演じられてきている。初演では当時「ブロードウェイの女王」と呼ばれたエセル・マーマン (1959年)が、2度目は『ジェシカおばさんの事件簿』で知られるアンジェラ・ランズベリー (1974年)が、3度目は映画やテレビドラマでお馴染みのタイン・デイリー(2003年)が、4度目は舞台女優で今も大活躍中のパティ・ルポーン (2008年)が、5度目はトニー賞2度受賞したバーナデット・ピーターズが演じた。そして今回、俳優としてのトニー賞受賞歴6回でトップを走るオードラ・マクドナルドが、栄誉あるそのリストに連なることとなった。12月のオープン後、シカゴ・トリビューン紙は「一生に一度のイベント」と呼び、ニューヨーク・タイムズ紙は「脱帽、ハレルヤ!」と書いている。

オードラ・マクドナルドは1970年ベルリンで生まれ、その後カリフォルニア州で音楽家の一族に囲まれて青年期まで過ごしている。両親はピアニスト / 歌手で、叔母たちはツアーによく参加するゴスペル・グループの歌い手だったそうだ。オードラ自身はわずか9歳の時に地元のディナー劇場(劇場型レストラン)の舞台に立ったのが初デビューで、ジュリアード音楽大学卒業後、またたくまにブロードウェイで名を挙げ、1994年には「Carousel/ 回転木馬」で最初のトニー賞を受賞している。オペラもこなす美声と声量で知られるオードラには、ニューヨークのファンも多く、彼女がお目当てでマジェスティック劇場に足を運ぶ観客は少なくないだろう。そして彼女がこの役を演じる初の黒人女優だったことから、論壇では、当時の黒人にとってのショー・ビジネス界のハードルの高さも、雰囲気として伝わってくる、と語られている。

演出家は3回トニー賞を受賞しているジョージ・ウルフ(70歳)で、『エンジェルス・イン・アメリカ』でその名が知られている。舞台設置は、暗い背景をバックに必要な部分だけがセットにしたシンプルなセットになっており、作られていて、それらと照明を組み合わせることで、過去の記憶を辿っている感触が伝わってくる。そして、ジプシー・ローズ・リーの舞台の部分は、舞台の端から端まで豪華にセットして、雰囲気を盛り上げている。

いまブロードウェイで大人気の男優、ダニー・バーンスタインが演じるハービーは、ママ・ローズとその娘達との幸せな家庭を夢見る素直な中年だ。一方的に自身の意見を押し付ける難しい性格のママ・ローズに恋をしてしまった彼は、ルイーズ(ジプシー・ローズ・リー)のマネージャーを引き受け、ママ・ローズの支援し続けるのだった。ダニー・バーンスタインは溢れる優しさを感じさせる男優で、一緒に働く仲間内でも人気らしい。彼は2021年まで7回もトニー賞のノミネートで終わっていた(ノミネートされた事実だけでも栄誉なのではあるが)。とうとう、『ムーラン・ルージュ』のジドラー役でトニー賞最優秀男優賞を受賞した時のことが、今でも記憶に残っている。受賞者として彼の名前が公表されると、すごい拍手が会場に響き渡ったのだ。実は彼は、熱愛していた奥さんのトニー賞2度受賞歴のある名女優レベッカ・ルーカーを、受賞の前年、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くしていた。そんな辛い状況の中で、なんとか舞台に出てきた彼に、今度こそ受賞トロフィーを握らせたいと周囲の仲間たちが思ったのだろう。彼は受賞のステージで、妻を亡くした自分をサポートし励まし続けてくれた人々に素直に感謝を述べていた。実は私は彼女が亡くなる前に、この夫婦と話したことがある。二人とも心根の良い謙虚な人たちだという印象を受けたことが、今も思い出される。

本作品ではもちろん、題名でもジプシー・ローズ・リー、すなわちルイーズ役を演じるジョイ・ウッズにも注目したい。2022年に「シックス」でブロードウェイ・デビューした24歳の黒人女優だ。ルイーズは妹の才能の陰で大人になるまでママ・ローズに認められず、寂しい子供時代を過ごすのだが、妹ジューンはあまりに押しの強い母親に耐え切れず、家出してしまう。当然と言えば当然だが、ママ・ローズの指導の矛先は今度はルイーズに向かった。最初はルイーズの下手な踊りと不器用さにママ・ローズの厳しい指導が向けられる。しかしルイーズはそれを受け止め、どんどん上手くなっていく。やがて彼女は、バーレスクの舞台で美しく輝くようになり、その歌唱力と相まって、スター誕生お様なスカッとした気持ちになる。実際のジプシー・ローズ・リーのバーレスクのストリップは、見えそうで見えない思わせぶりな仕草で、ますます観客たちは見たくなったらしいが、そんな舞台を次々と派手にショートカットで見せてくれるのも、この作品のハイポイントとなっている。

しかしなんと言っても一番の見どころは、ママ・ローズのソロ『Rose’s Turn」だろう。映画『ジプシー』では、ベッド・ミドラーのパワフルな歌い方に多くの人が感動したと思うが、ミュージカル女優なら一度は挑戦したい筈。ママ・ローズは末っ子の娘のジューンに逃げられ、マネージャーのハービーにも去られてしまう。そしていまや有名になったルイーズは、勝手にセレブのパーティーに出掛けていく。みな母親の助言など聞く耳を持たない。ママ・ローズの心の内はどんなだったのだろう。今まで娘に全てを捧げてきて私には、何一つ残っていない。どうして?何故?と問いかける。舞台に立つことが自分の夢だったのに、と涙する。そしてやがて、気付く。今までの努力は、実は全て自分のためだったのだと。

その曲をオードラが力強く、涙ながら歌いあげると、最後のシーンでもないのに、スタンディング・オベーションとなった。

*バーレスク・エンターテイナこの「バーレスク」というのは広い意味でストリップとお笑い演芸を組み合わせたショービジネスのことで、日本では既に絶滅、もしくはその瀬戸際にある文化なのかも知れない。これは米国も同じで、性的表現が解放された今日、存在意義が薄くなるのも仕方がないのだろう。(1/10/2025)

Majestic Theatre
245 W. 44TH ST., New York , NY (7番と8番街の間)
公演時間:2 時間40 分(休憩1回)
公演期間:2024年12月19日〜

舞台セット:8
作詞作曲:10
衣装:8
照明:8
キャスティング:9
総合:9
@Julieta Cervantes
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