これまでショパンやチャイコフスキー、ベートーヴェンなどの偉人を演じてきたハーシー・フェルダーだが、彼が名声を高めたのはガーシュウィンに扮したデビュー作。
1999年に初演されたこの一人芝居『ジョージ・ガーシュウィン・アローン』は、2001年にブロードウェイでも4か月のロングランを成功させている。
同作品では、ガーシュウィンが1924年に名曲「ラプソディ・イン・ブルー」を発表するに至るまでの過程に重きが置かれているのが特徴だった。
今回の一人芝居『ハーシー・フェルダー:ザ・ピアノ・アンド・ミー』では、自身の生い立ちに始まり、ピアノに魅せられて後にガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」と出会い、それを機に演劇界で活動するまでの経緯を振り返る。
1968年にカナダのモントリオールでユダヤ系の家庭に生まれた彼は、家族や親戚の体験を通してホロコーストについて身近に教わりながら幼少期を過ごした。6歳の時には祖父から中古のアップライトピアノを与えられ、本格的にレッスンを受けるようになり音楽の世界へと没頭していく。
大学でも音楽を学んだ彼は、英語はもちろんフランス語とイディッシュ語が堪能だったことを認められ、ホロコースト生存者の体験を記録に残すプロジェクトに参加。生存者たちに過酷だった死と隣り合わせの体験を語らせるためには、彼らの心に安らぎを与えるピアノの演奏が不可欠だったのだ。
間もなくしてアウシュビッツ収容所の解放50周年に現地を訪れ、そこで「ラプソディ・イン・ブルー」を看守に口笛で吹き聴かせ楽しませたことから死を免れたという、当時少年だった生存者の証言を聞き、それが転機となった。
ユダヤ人による音楽が、時代を超えて同胞の民の命を救った事実に感銘を受け、自らガーシュウィンに扮して「ラプソディ・イン・ブルー」という曲に秘められた逸話にも思いを馳せる舞台『ジョージ・ガーシュウィン・アローン』を生み出す。
こうして彼は、30年前に作曲家の偉人たちを演じるというユニークな芸風を確立させ、そのスタイルを以って演劇界でキャリアを積んできたのだ。
ステージの中央にはグランドピアノが置かれ、それを囲むように多数のスーツケースが乱雑に積み重ねられている。
一部で映像が背景に映し出されるが、基本的にはハーシー・フェルダーが観客に語りかけるように過去を紹介し、その合間にピアノ演奏を挟んでいく。
「トルコ行進曲」を筆頭に、「愛の夢 第3番」、「軍隊ポロネーズ」などの耳馴染みのあるクラシックおよそ10曲が披露され、エンターテインメント性に長けた一人芝居となっている。
それに加えて名曲を生み出した著名作曲家の生涯を簡単に紹介しつつ、演劇人になる30年前までの過去を細かく回想し、同時にこれまでに聞いてきたホロコーストの悲劇を絶妙なバランスで語っていく。
ピアノで生計を立てることに反対した無口な父親との複雑な親子関係も、作品のハイライトのひとつで、この類の半生を紹介する一人芝居での定番となる。
また祖父母のパッキングされたままで置かれたスーツケースのくだりは、同作品の核となるエピソード。
ホロコーストを生き延びた祖父母は、ユダヤ教の信仰に欠かせない祭具をスーツケースに大切にしまい、もし再び予告なしに連行されることになった場合に備えていたという。
つまりステージ上にある無数のスーツケースには、過去の負の歴史が詰め込まれているということが示唆され、ホロコーストで亡くなったハーシー・フェルダーの縁戚の人々のものも含め、それを未来へと託す役割も担うのだ。
そんな彼は、自分にとってのスーツケースはピアノなのだと説明、音楽とともに過去を紡ぎ、それを後世に伝えていくのだという。そして、彼の活動を可能とする観客に繰り返し謝意を示し、謙虚に鍵盤と向き合うのだ。
上演時間は幕間なしの約2時間と決して短くはないが、冒頭から心的飽和感は一切ない。とはいえ、ピアノ演奏を挟みつつ物語を紡ぐという点では、演劇作品というより“弾き語り”のジャンルに分類されるかもしれないのも確か。
しかし同作品は方向性が明確で、過去やその歴史の悲観性のみを強調して伝えないように細心の注意を払いつつ、深いテーマを観客に投げかける。
ハーシー・フェルダーという演劇人の歩みと試みに好感を抱き、心を寄せることができた。(8/5/2026)