訳: 手を離さないで、ダーリン
あらすじ&コメント
脚本のケネス・ロナーガンは、ブロードウェイ『This Is Our Youth』『The Waverly Gallery』『Lobby Hero』など、3回のトニー賞最優秀リバイバル劇賞にノミネートされ、また映画「Manchester by the Sea/マンチェスター・バイ・ザ・シー」では脚本だけでなく監督も手掛け、アカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞している。複雑な感情や対人関係を描く作品で知られており、この作品でもまったりとストリングスらしい人物描写が続くので、アダム・ドライバーのファンには堪らないだろう。なおこの作品は、2016年にアトランティック・シアター・カンパニーによってニューヨークで上演されているので、リバイバルとなる。
カントリーソングの歌手ストリングスは、映画出演の話が来るほどビッグな、いまや押しも押されもせぬスーパースターだ。ところがある日その撮影中に、母親の死が知らされる。すると彼は突然、ロケ現場を放り出してホテルの部屋に籠ってしまう。もはやギターを弾く気にもなれないようだ。そこに、彼の為ならどんな苦労も厭わないアシスタントのジミーがやってくる。根っから元気な彼は、全てにやる気を失ったストリングスを、あの手この手で慰めようとする。ジミーを演じるのは、キース・ノッブス。落ち着いた演技をするアダム・ドライバーとは対照的に、そのエネルギッシュな立ち居振る舞いで、観客の笑いを引き出す。そんなジミーが試しにマッサージを依頼する。やって来たのはナンシー(ヘザー・バーンズ)。彼女は小さい頃からの大ファンらしく、ストリングスと会えるだけでなくその体に触れられるというので舞い上がっている。このシーンではアダム・ドライバーがブリーフ一枚になるが、これは観客のファンへのサービスだろう。さてストリングスは、プライドを捨ててやたらに自分を褒め称えてくれるナンシーにころりと参ってしまう。ハリウッドやミュージック業界の女性とは違う一般人のナンシーに、新鮮味を感じたようだ。しかしどの世界にも上昇志向の人間はいる。実は彼女、既婚の双子の母親で「お金があれば子供を良い大学に行かせてやれるのだから」と夫を説得して、呼ばれてもいないのにテネシーまでストリングスを追いかけてきて、母親の葬式にまで出席する。静かにとり行われた葬式には、昔よく遊んだ親戚のエッシー(アデレード・クレメンス)もいた。エッシーには幼かったころの面影は消え、質素で地味ながらも凛とした空気が漂っていた。彼女が母親の面倒も見てくれていて、最期を看取ってくれたのだった。それを知ったストリングスは、感謝すると同時に、飾るところのない控えめな彼女の誠実さに夢中になってしまう。異性に対する歯止めを知らないスターなのだ。エッシーという競争相手がいることを知ったナンシーは、彼女と二人きりで会う。ホテルのバーで飲みながらの女性二人のシーンは、この芝居の見せ場のひとつとなっている。ナンシーはエッシーの人の良さを巧みに利用して、この先、ストリングスに近づく事がないように話を持って行くのだった。慎重かつ遠回しに偽り半分真実半分の話しを、微笑みながら紡ぎ出す女性の話術を、男性でありながら見事に描くケネス・ロナーガンの腕に、いつもながら感服する。
久々に故郷で質素な生活を送る兄の家で、彼とビールを飲みながら、昔に戻ったような安心感を得るストリングス。「贅沢な生活に何の意味があんだ」と兄に問いかけ、「偽りだらけのセレブの生活にはもう、ほとほと飽きた」と嘆き掛ける。そして葬式が済んでもストリングはスタジオには戻らず映画をすっぽかし、じきに始まる予定のツアーもキャンセルしてしまう。そして兄と二人で、故郷に小さい飼料店を開くことを決断する。しかしそれまで飼料店がなくて住民が困っていた分けでもないので、押し寄せてくるのはスクープ記者ばかり。彼に残ったのは閑古鳥の鳴くお店と映画やツアー・スポンサーからの契約廃棄に伴う膨大な賠償金だった。しかし現実を把握できていない、あるいは把握するつもりのないストリングスは、困った顔をするだけだ。それまで地道で、僅かながらでもお給料をもらっていた仕事を辞めて弟とお店を始めた兄も、バカなアイデアに巻き込まれてしまったと後悔し始める。エッシーを遠ざけることに成功し、彼と結婚にまで漕ぎ着けたナンシーも、想定外の展開に早々と去っていく。そこに久しぶりに訪れたエッシー。彼等の店の様子をちょっと覗きに来たのだ。そんなエッシーに嬉しそうに擦り寄っていくストリングス。アダム・ドライバーがユーモラスに演じるので、なんとか我慢したが本来、秘められた知性が彼の魅力のひとつなので、納得し難いところもある。彼が、甘えん坊で浪費家のダメ男を演じるのは無理があろう。『The Roommate』もそうだったが、カリスマ性がある俳優には、どうにも合わない役というのがあるようだ。
<ストーリーの結末。ネタバレ>
どんなことがあろうといつも、ストリングスの様子を見守ってくれているアシスタントのジミーが、ストリングスが8歳の時に去っていった父親を探し出し、飼料店に連れてきた。ストリングスは母親に「父親は彼を捨てていった」と聞いていた。しかし今、目の前にいる父親は言う。「ずっと会いたかった。だが、お前の母親はそれを許してくれなかった」と。彼は、残した息子に後ろ髪を引かれながらも今では再婚し、娘にも恵まれて、どうやら質素ながらも幸せに暮らしていている様だ。それでも息子のことが忘れられず、ストリングスが有名になってからは、雑誌の写真や記事を切り出しては集め、その様子を追っていた。「急に父親気取りをするつもりはない」と語る彼は、それ以上何を言っていいか分からずにいる。そしてストリングスもまた、今まで父親に抱いていた怒りをどう処理していいか分からず、立ち往生していた。二人は狭い店の中で。男同士らしい不器用で途切れ途切れの会話を続ける。女性同士の会話も、この父親と息子の会話も、これぞまさにケネス・ロナーガン脚本といったところで、作品のハイポイントだろう。父親役のフランク・ウッドは、ブロードウェイ『サイド・ショー』で、1999年にトニー賞助演男優最優秀賞を受けており、多くの映画、テレビ、舞台で活躍しているベテランでだ。2023年に彼が主人公を演じた『The Best We Could』でも、派手ではない感情を抑えた演技の上手さに舌を巻いたものだ。今回の『Hold on to Me Darling』でも、ようやく息子に合えた感情を巧く表現できないでいる年老いた父親の様子を見事に演じている。10分ほど話しただろうか。やがて別れを告げ去っていく。
この後エッシーとの新たな関係が綴られるわけではなく、父親との再会後の展開が繰り広げられるわけでもなく、淡々と終幕へと導かれる。これもまたケネス・ロナーガンなのだ。彼の作品では、ストーリーの展開は追わず、細かく意味深い人物描写とその会話を味わって欲しい。(10/11/2024)
Lucille Lortel Theatre
121 Christopher Street, in Manhattan
上演時間:3 時間(休憩 1 回)
公演期間:2024年10月3日〜12月22日



