キンバリー・アキンボ
あらすじ&コメント
原作は、2000年に発表されたデイヴィッド・レンゼイ=アベアーによる同名の戯曲で、2003年にMTC:マンハッタン・シアター・クラブ(非営利団体)によってオフ・ブロードウェイで上演されている。 それが好評だったことからその後、レンゼイ=アベアー氏は別の戯曲『ラビット・ホール』もMTCと組んでブロードウェイでの初演を果たしている。同作品は2006年にピューリッツアー賞を獲得し、2010年にはニコール・キッドマン主演で映画化もされていて日本でもよく知られている作品だ。 MTCはミュージカル『春のめざめ』や『バンズ・ヴィジット』の初演も手掛けており、今回紹介するミュージカル版の『キンバリー・アキンボ』のプロデューサーでもある。原作者のデイヴィッド・レンゼイ=アベアーは同作品の脚本と作詞も担い、作曲はミュージカル『ファン・ホーム』(トニー賞2015年)のジーニン・テソーリが入った。演出はジェシカ・ストーンで、彼女は俳優でもあるが2005年に評判となった『第25回パットナム郡スペリング大会』も演出している。なおキャストは、全員オフ・ブロードウェイの時と変わっていない。
舞台は2000年頃のニューヨーク市の川向う20キロほどにあるニュージャージー州ボゴタとなる。現在63歳となったビクトリア・クラークが演じる主人公は、まだ高校に通うティーンエイジャーのキンバリー・レヴァーコだ。彼女は5千万人に1人とも言われる非常に稀な病気ハッチンソン・ギルフォード症候群を患っていると思われる。この病気は突然変異により発症し、通常の4~5倍の速さで老化が進む結果、20歳を超えて生きることは稀と言われている。このハッチンソン・ギルフォード症候群には変異の状態によりいくつかの型があり、遺伝性や寿命も異なるので、断定を避ける目的であろう。あるいは訴訟対策かもしれない。台詞では病名を特定していない。
レヴァーコ一家は、15キロ南のセコーカスの街から、このボゴタに逃げるかのように引っ越してきたばかりで、両親が何か秘密を抱えているのか、近所付き合いを避けて暮らしている。父親はアルコール依存症で、母親は第二子を身ごもっている。彼女は重病に罹っているという不安に捉われてしまう、所謂心気症を患っているのだろう。長くは生きられないとないと思い込んで、生まれてくる次女へ宛てたビデオメッセージの記録に余念がない。ある日一家から煙たがられている仮出所中の叔母デブラがやってきて、地下室に住み着いてしまう。多くの問題を抱える家族を持ちながら、「ごく普通の生活を1日でも過したい」と切望する主人公キンバリーは、他の生徒とは違う人生を抱えて、孤独を感じながらも明るくその日その日を生きている。
ある日キンバリーは生物学のクラスで、同じく恵まれない家庭に育った男子生徒セスとペアを組んで課題研究に取り組むことになる。二人はセスの希望もありキンバリーの難病を研究テーマにする。そして多くの時間を図書館のロビーで一緒に過ごすようになる。また二人は、セスが好きな単語ゲーム、文字を入れ替えて別の単語にする「アナグラム」で遊び、たとえば彼女のフルネーム、Kimberly Levacoを Cleverly Akimbo (クレバリー・アキンボ:頭が良くてエッヘン)と言うユーモラスな名前を作り出したりする。二人はこんな遊びを通じて徐々に惹かれあっていくのだった。
キンバリーは間もなく16歳の誕生日を迎える。16歳といえばこの病気の平均的な寿命であり、老化による健康障害が増えてきている彼女は、焦りと悲しみを感じるようになる。彼女は残された時間を大切に過ごしたいと思い、ある日、ずっと夢だったディズニーランドを観るため、セスと二人でのロードトリップを決意する。
このようい暗い題材をユーモアいっぱいに描きつつ、終始穏やかな空気の中で淡々と物語を進めていく形は、最近では珍しい。さほどではない声量ながら1音1音を丁寧に歌うビクトリア・クラークが演ずるキンブリーは、老いて見えながらも若い逞しさが光っている。たとえばセスとの関係を案じる父親に明るく、「私の更年期障害はすでに終わっているのよ。これからから何が起きるって言うの。」などと皮肉を込めて言い返す。一方相手役のセスは、カンサス州出身でブロードウェイデビューのジャスティン・クーリ。新人俳優はその若さゆえにアドレナリンが出過ぎるてギンギンしてしまうものだが、彼はまるで何十年も舞台に立ってきたような自然な落ち着きを保ちながら、清純さを感じさせる。いくつかの賞を既に受賞しているが、次のトニー賞へのノミネートも確実だろう。またオリビア・ハーディーが演ずる唯一の悪役である叔母デブラも、詐欺計画に子供を引き入れて罪を着せようと企むサブプロットが深刻で不気味なのに、何故か笑えてくる。両親役の二人も、自分の生活のバランスをなんとか取ろうとしながら首尾良く行かない、いかにもニュージャーシー州に居そうな夫婦を巧く演じている。 皆それぞれ大きな問題を抱えながらも、自己憐憫などには貴重な時間を費やすことなく、自分が出来る方法でそれを越えようとしている。この作品は重い題材を扱いながら命の喜びを感じさせる作品で、観る者は感動せずにはいられない。
11/16/2022
(ネタバレ: 引っ越し前の事件と家族の秘密。そして終幕へ)
キンブリーの家族には引っ越す前の街セコーカスで起こったある秘密がある。実は母親がキンバリーの病気は遺伝すると信じ、第二子を産むために近所の初老男性と関係を持ってしまったのだ。その事実を知った父親は激怒し、素行が思わしくない叔母デブラに、その老人を痛めつけて欲しいと依頼する。ところが叔母デブラがその老人の家に忍び込むと、心臓が弱かったその老人は、驚いて発作を起こし、死んでしまったのだ。
デブラはずっと人のお金を騙し取って生活をしている。そしてキンバリーの家族を追ってやって来たボゴタでも詐欺を計画。月末の郵便投函ポストには小切手入り封筒が多いので、それを盗もうとしていた。あろうことにその犯罪に、キンバリーや同級生を巧みにそそのかして加担させてしまう。キンバリーには宛名を自分あてに書き換えた小切手を持たせ、銀行で現金に替えさせようとする。つまりお婆さんに見えるキンバリーなら疑われ難いからだ。しかし過去の家族の秘密を知った彼女は、銀行で受け取った現金と母親のビデオカメラを抱え、セスと二人で車に飛び乗る。西海岸にあるデズニーランドまでの数千キロの旅の始まりだ。彼女は途中途中でビデオカメラに向かい、生まれてくる妹へ向けてメッセージを残していく。セスとの初キスも経験する。残された一瞬一秒を大切にしながら、「誰にも2度目の時は訪れない」と繰り返して。
BOOTH THEATRE
222 W. 45TH ST., NEW YORK, NY
公演時間:2時間20分(一回休憩)
公演期間:2022年11月10日〜