ママ、アイム・ア・ビッグ・ガール・ナウ
出演する3人は、初演キャストで主役トレイシーを演じたマリッサ・ジャレット・ウィノカー、親友ペニー役のケリー・バトラー、そして意地悪なアンバー役のローラ・ベル・バンディ。マリッサ・ジャレット・ウィノカーは同役でトニー賞の主演女優賞に輝いたものの、その後は演劇界を離れてテレビや映画界での活躍が多かったため、今回が久々のニューヨークでの舞台出演となる。ケリー・バトラーは様々なミュージカルに出演して多彩な役柄を演じ、今ではブロードウェイの中堅俳優だ。そしてローラ・ベル・バンディは、2023年に15年ぶりにブロードウェイの舞台に立ったがストレートプレイだったため、今回は久々に歌唱を披露するステージとなる。
2003年のトニー賞受賞作でもあるミュージカル『ヘアスプレー』についての思い出話しや制作秘話などのトークを織り交ぜながら、同作品の楽曲を使って昔を懐かしみ進行していく内容になるかと思いきや、そうではない。同作品のミュージカルナンバーから歌われるのは4曲のみ。オープニングでの「ママ、アイム・ア・ビッグ・ガール・ナウ」や、フィナーレを飾る「ユー・キャント・ストップ・ザ・ビート」など極めて限定的だ。大半を占めるのは新旧を問わない数多くのミュージカルからの楽曲で、非常にバラエティに富んでいる。様々な楽曲を使って、3人の生い立ちからショービジネス界でのデビュー、出会い、友情、キャリア、結婚、そして子育てなどが順番に綴られていくのだ。
舞台装置は色の異なる3台のドレッサーのみで、バンドもキーボードとベース、そしてドラムによる構成と非常にシンプル。また女性2名と男性1名のバックアップシンガーがアンサンブルとして出演し、楽曲を盛り上げていく。そして背景にあるスクリーンに3人の過去の出演作のポスターや舞台写真、そして想い出の写真が投影され進行するという趣向だ。
20年以上前の若かりし頃にミュージカル『ヘアスプレー』のリハーサルで初めて顔合わせをした3人だが、女優人生における苦労は絶えなかった。出会った頃はディズニー・ミュージカル『美女と野獣』のベル役で劇場街の舞台に立った経験のあるケリー・バトラーが、最も知名度が高かったのだという。しかし、そんな彼女もその後のミュージカル『リトルマーメイド』では、ワークショップで主役アリエル役を担うものの、最終的には別の女優にヒロインの座を奪われた。
9歳でデビューしたローラ・ベル・バンディの場合は、1992年にオフ・ブロードウェイで初演されたミュージカル『ルースレス!』で子役として主役に抜擢されたが、その際のアンダースタディがあのブリトニー・スピアーズだったというのは有名な話。ところが、その後は世界を魅了するアンダースタディのようにエンターテインメント界のスターダムに登り詰めることはできずに中途半端な立ち位置だったという事実を、ブリトニー・スピアーズのヒット曲を使って皮肉たっぷりに歌う。
最も遅咲きだったマリッサ・ジャレット・ウィノカーに至っては、ブロードウェイでミュージカル『グリース!』に継続して出演したのが唯一の自慢のキャリアだったと告白する。だからこそ、ミュージカル『ヘアスプレー』のリハーサル中に癌を患っていることが発覚しても、主役を降板させられることを恐れ、近い親族のみにしか知らせず、懸命に治療をしながら本番の舞台に立つことに邁進したことを笑い話にして包み隠さない。
ミュージカル『ヘアスプレー』のリハーサル室で出会ったことがきっかけに3人の交流は始まり、長年にわたって親睦を深めてきたが、ケリー・バトラーとローラ・ベル・バンディの2人は、特に早い段階から親友になれたのだという。それは両者とも契約書では個室の楽屋部屋が約束されていたものの、部屋が足りなくなったことからプロデューサーに説き伏せられて1室をシェアする羽目になり、打ち解けるのが早かったからだとか。今回の『ママ、アイム・ア・ビッグ・ガール・ナウ』も、元々はこの2人が発案し、マリッサ・ジャレット・ウィノカーに話を持ちかけたのだ。
3人の恋愛模様や結婚といったエピソードは、過去に各々が出演したミュージカルの楽曲を以って伝えられていく。マリッサ・ジャレット・ウィノカーは、ミュージカル『ヘアスプレー』の「アイ・キャン・ヒア・ザ・ベルズ」を歌い、インスタグラム上で開催するコンテストで優勝した一般男性の観客をステージ上に招き入れ、彼を相手役に見立てて男女が恋を成就させるまでを綴る。
一方、ケリー・バトラーはミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』の「夢の花咲く家」を歌い理想の恋愛を想い描いていくといった具合だ。他にも古典ミュージカルの名曲の数々を使って幼少期を描く試みがあり、エセル・マーマンなどの歌姫のものまねも登場、ディズニー作品からのメドレーなど飽きさせない。ケリー・バトラーは、ミュージカル『キューティ・ブロンド』のワークショップで主役エルを担当し、全曲のデモを録音したものの、最終的には別の女優が同役を射止め、それが友人のローラ・ベル・バンディだったいうのがオチの笑い話も打ち明ける。そして、それを受けたローラ・ベル・バンディが、同ミュージカルのメドレーを披露、初演時と比べて歌唱力の衰えは否めないが、当時と変わらない勢いと力強さで観客を沸かせる。3人それぞれの見せ場をバランス良く散りばめているのが最大の特徴だ。
後半に取り上げられる3人の母親としての顔も興味深い。マリッサ・ジャレット・ウィノカーは代理出産で子供を授かり、ケリー・バトラーは養子を迎え、そしてローラ・ベル・バンディは5年前に出産、プライベート写真とともに彼女たちの家庭での奮闘を垣間見ることができる。家族ぐるみの付き合いをする3人はママ友でもあり、その絆の強さが終始汲み取れるのが微笑ましく、歌われるミュージカル『ウィキッド』からの「あなたを忘れない」や、『メリリー・ウィー・ロール・アロング』からの「オールド・フレンズ」といった友情の楽曲では観客の心を打つ。
当初12月8日までだった期間限定公演は、正式オープン後に12月21日まで延長されると発表された。演劇界に詳しい経験豊富なミュージカル女優たちによるステージは、コンサートではなく、決して同窓会といった類の舞台にも終わらず、笑いと温もりに満ちた1時間20分となっている。(11/24/2024)
New World Stages
350 W 50th Street, NY, NY 10065
上演時間:1時間20分(休憩なし)
公演期間:11月13日~12/21