Punchパンチ

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パンチ

演劇 ブロードウェイ
Punch
パンチ
Punchパンチ

「赦し」「責任」「更生とは何か」という問いを観客に投げかける『Punch』は、俳優たちの熱演と演出の緊張感が融合し、2025年のブロードウェイで見逃せない社会派作品のひとつとなっている。

若い時に犯罪を犯してしまったジェイコブ・ダンの回想録を、ジェームズ・グレアムが戯曲化した新作だ。イギリス中部の地方劇場での初演(2024年)を皮切りに、ロンドンの公立劇場での上演を経てウエストエンドに進出。その勢いのままブロードウェイ入りを果たした。

グレアムは政治・社会派の劇作家として知られ、『Ink』でトニー賞にもノミネートされたイギリスの人気劇作家である。 19歳の衝動的な一撃(パンチ)が引き起こす悲劇と、その後に続く贖罪と和解の物語が描かれている。

あらすじ&コメント

舞台はイギリスのノッティンガム。ロンドンの北約200キロに位置し、かつては治安の悪い都市として知られていた。近年はカルチャーやナイトライフの街として若者に人気が出てきている一方、今でも犯罪の多い地域を残している地域である。
物語は、19歳のジェイコブ(ウィル・ハリソン)を含めた10人ほどがサポートグループに参加し、ソーシャルワーカーのもとでそれぞれ独白を行う場面から始まる。ジェイコブは過去を回想し、シーンは彼が仲間とバーに行って泥酔したり、麻薬を使用する場面などへと移る。そしてある晩、友人の喧嘩に加勢しようと駆けつけたバーで、衝動的にその場に居合わせた男性に強いパンチを放ってしまう。その一撃が悲劇を生み、刑務所生活を経た彼は出所後、被害者と加害者の関係修復を目指す「修復的司法(Restorative Justice)」の道を歩むことになる。

ジェイコブを演じるウィル・ハリソン(29歳)は、ボブ・ディラン伝記映画『A Complete Unknown』(日本では未公開)に出演して注目され、ブロードウェイ初登場。今後が非常に期待される俳優の一人で、『デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックス』で知られる新鋭俳優。

彼は情動の際(きわ)ぎりぎりを行く演技で、若さゆえの躁状態や衝動性を肉体・声・表情で鮮烈に表現し、未熟な青年から罪の意識と向き合う姿へと成長していく過程を説得力をもって見せてくれる。彼の演技がなければ、この物語は単なる「成功した更生の一例」として、英国の司法の説明に終わる作品になっていたかもしれない。

被害者の母ジョアンを演じるヴィクトリア・クラークは、『キンバリー・アキンボ』ほか二度のトニー賞主演女優賞を受賞している。深い悲嘆から和解への歩みを繊細かつ力強く描き、第二幕の核を支える。ジェイコブとジョアンが初めて対面する場面で繰り広げられる2人の対話は圧巻であり、観客の多くが涙していた。
被害者の父であり、ジョアンの元夫を演じるサム・ローバーズは、俳優ジェイソン・ロバーズと女優ローレン・バコールを両親に持つベテランで、映画やテレビでもおなじみの存在だ。

舞台美術はアンナ・フライシュレが担当。イギリスを拠点に活動する舞台・衣装デザイナーで、『Hangmen』でオリヴィエ賞最優秀舞台美術賞を受賞している。『PUNCH』の舞台では、半円状に組まれた二層構造のシンプルなセットが特徴的だ。登場人物が左右にある石畳風の広い階段を使って上階と下階を自在に行き来し、物語の緊張感や隔たりを立体的に浮かび上がらせている。人々の心理的関係だけでなく、実際の街の距離や時間の流れをも表す装置として機能しており、非常に印象的である。中央には暗い地下道を思わせる空間が設けられ、重い霧のような煙が焚かれ、灰色を基調とした冷たい質感が都市の閉塞感を漂わせる。

照明(ロビー・バトラー)と音響(アレクサンドラ・フェイ・ブレイスウェイト)は、沈黙を際立たせる場面と感情を爆発させる場面を鮮やかに切り替え、心理的緊張を視覚と聴覚で増幅させている。

なお、俳優たちはノッティンガム特有の強いアクセントで話すため、英語話者でも聞き取りに苦労する場面がある。また、限られた出演者が複数の役を兼ねているため、場面転換の際に役の切り替えがやや分かりづらいところが2〜3度あった。

本作は、暴力の偶発性、若者の不安定さ、刑務・更生制度の問題など複数の社会的テーマを交錯させながら、「人間は変われるのか」「赦しはどこまで可能なのか」を問いかけてくる。多少、舞台としては理屈っぽく感じられる部分もあるが、ハリソンの熱演が作品全体に真実味を与え、ジェイコブとジョアンの心の動きに十分焦点が当たっている。人間の再生を信じさせる温かさと希望の光を観客に残し、劇場でこそ味わえる重厚な演劇体験を提供してくれるだろう。

Samuel J. Friedman Theatre
261 West 47th Street, New York, NY 10036

上演時間:2時間30分(休憩あり)
公演期間:2025年9月29日〜11月2日

舞台セット:9
衣装:7
照明:9
キャスティング:9
総合:9
@ Matthew Murphy
@ Matthew Murphy
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