サンセット大通り
ブロードウェイでは7年ぶりで、2度目のリバイバルとなるアンドリュー・ロイド=ウェバー作曲の『サンセット大通り』。今回は、ウエストエンドで上演され、2024年のローレンス・オリビエ賞でリバイバル作品賞も含め同年最多の7部門を受賞したプロダクションの引っ越し公演となる。作品を解体し新たな解釈を加えながら再構築していくことで有名なジェイミー・ロイドの斬新な演出によるリバイバルは、ブロードウェイでも1週間の興行収入が150万ドル超となる大ヒット作となった。
1993年以降、3年間のアメリカ演劇界では、同作品の主役ノーマのキャスティングを巡っての話題が頻繁に報じられ、興味を引きつけていた。ブロードウェイ初演への出演を確約されてロンドン初演に挑んだパティ・ルポーンが、アンドリュー・ロイド=ウェバーのお眼鏡にかなわず降板させられ、法廷で争われるまでに発展したのがその筆頭。さらにはロサンゼルス公演で同役を演じる予定だった映画俳優のフェイ・ダナウェイも、歌唱力が足りないことを理由に解雇され、こちらも名誉棄損で裁判沙汰になっている。
結局一人勝ちしたのはロサンゼルスとブロードウェイ初演で続けてノーマ役を演じたグレン・クローズで、大絶賛され演劇賞を総なめにしたのだった。そしてその後も、ベティ・バックリー、エレイン・ページといったアンドリュー・ロイド=ウェバーの秘蔵っ子、ダイアン・キャロルやリタ・モレノなどがノーマとしてステージに立ち、キャスティングに自ずと関心が集まったのである。近年になってもステファニー・J・ブロックや、あのサラ・ブライトマンが挑戦しており、ノーマは“ミュージカル女優の誰もが憧れる役”として認識されていった。今回のリバイバルでそんな注目のノーマ役を射止めたのは、ガールズグループのプッシーキャット・ドールズで知られるハワイ出身のニコール・シャージンガー。彼女の演技力と歌唱力、そしてダンス力や表現力が際立ったリバイバルとなったのが特徴だ。
1955年の同名映画を舞台化したストーリーはこれまで通りで、現役を引退していたサイレント映画の大女優ノーマがハリウッド復帰の野望を抱くという内容。無名の若い脚本家ジョーに自ら書いた長編映画の脚本を手直しさせるうちに、彼に恋をしてしまう彼女だが、仕舞には自身がすでに人々から忘れられた存在で、映画界から必要とされなくなっているという現実を知ることとなる。プライドを傷つけられたという怒りと絶望からジョーを自らの手で殺めてしまうノーマが、精神に異常をきたし破滅へと向かっていくという流れは変わらない。一方で、今回は主演のニコール・シャージンガーに合わせて、サイレント映画の女優ノ
ーマは40代という設定になり、若返りが試みられた。
2023年にブロードウェイでリバイバルされた『人形の家』でもそうだったように、ジェイミー・ロイドによる演出はミニマリズムを追求しつつ、黒やグレーを基調とした衣装や装置が売りとなる。これまではターバンと煌びやかな衣装が定番だったノーマも、黒いノースリーブのワンピースに素足という新スタイルだ。
また、まるで読み合わせのようなステージングで進行、会話している相手に向かって話すのではなく、客席などを向いて台詞や歌詞が発せられる場面が目立つ。
大道具や小道具があまりにもないため、これまでの上演台本に台詞を追加して状況説明などをする場面もしばしばあるほど。『サンセット大通り』といえばノーマが住む邸宅の居間にある大階段がこれまでの多くのプロダクションで要となっていたが、今回はそれさえもない。とはいえ、ステージの後方で巨大LEDパネルが上下し、そこに俳優をカメラで写した映像を投影、映画界を舞台にした作品であることを強調する。アップでしか目にすることのできない出演者の細かい表情や涙、筋肉の動きなどを効果的に投影していくのだ。また舞台袖にいる俳優をカメラで追い、それを投影しながら進行する場面や、映画のようにカーテンコールが終わるとエンドロールが流れるなど、スクリーンを有効に使う。
昨年の『人形の家』では、クライマックスで主人公ノラが家族を捨てて家を出ていく際、ステージの背後にある搬入口が開き、車が走り通行人のいる劇場の外へ出ていくという演出をやってのけたが、今回も類似したサプライズがある。第二幕の冒頭のアントラクト/間奏曲と、続くジョーが歌うタイトル曲がそれだ。楽屋での映像から始まり、ジョー役の俳優がキャストやスタッフと戯れつつ、アンドリュー・ロイド=ウェバーの等身大パネルに敬意を表すなどしながら、一旦劇場の外へと出て劇場街を歩き再び戻ってくるまでをカメラで追う。タイトル曲の最後のフレーズでやっとステージに戻って登場するという流れだ。ロンドン公演ではジョーのみが劇場の外に出て、楽曲を歌いながら戻ってくるのだが、ブロードウェイ版ではさらに工夫が加えられた。通りに出た彼が様々な作品のポスターが貼られた劇場街の名所シューバート・アレイまで出向き、『サンセット大通り』のポスターを誇らしげに紹介、その後アンサンブルも列に加わり大勢でフォーメーションを組んで劇場に戻ってくるという豪華版。劇場の外にいる俳優をカメラで撮影しその映像を投影して場面を進行させるというこの手の演出は決して珍しくはないが、やはり遊び心が楽しく観客も大喜びだ。また、第二幕でノーマ、ジョー、ベティ、そしてアーティとの複雑な恋愛事情が描かれる際は、恋に敗れ劇中での出番を終えた登場人物が、ワイヤレスマイクを自ら外しながら捌けていくという趣向もジェイミー・ロイドらしいアイディアとなる。
今回のリバイバルのもうひとつの見所は豊富なダンス。まるでコンテンポラリーダンスの作品であるかのように、アンサンブルが多くの楽曲で感情を表現していくのだ。さらに若い頃のノーマという新たな役柄が追加されており、オーヴァチュアの冒頭や、劇中の要所ようしょで彼女がダンスを披露、人々を魅了した往年のスターの無垢な姿を印象付けていく粋な演出もある。
新曲もなく楽曲はほぼこれまで通りだが、第一幕にノーマが新年のパーティに向けて邸宅に仕立屋を呼び、ジョーを着飾らせる際のアップテンポの明るい楽曲と、場面そのものがカットされている。また、ジョーがノーマの身勝手な振る舞いに耐えられなくなり、邸宅を抜け出し仲間たちと新年を祝うパーティの場面も短くされ、彼と友人たちとの杯を酌み交わしながらの陽気な掛け合いがなくなった。今回のリバイバルが目指した暗いトーンを保つためには必要な手直しだったようだ。
ニコール・シャージンガーのノーマがあるからこそ成立するリバイバルでは、彼女の存在感が群を抜いている。初演でグレン・クローズが同役を演じることになり楽曲のキーが低く変更され、その楽譜がこれまで受け継がれていたが、今回はパティ・ルポーンが最初に歌った際のものに戻された。オリジナルのキーでノーマのソロを聴くことができるのも醍醐味のひとつとなり、華奢な体でありながらも見事な声量と歌唱力で観客を圧倒する。公演によってはソロの後にスタンディングオベーションになることもあるようだ。
ここからは少々“ネタバレ注意”になるが、最後にジョーが命を落とす際の演出にも一捻りがある。これまでは、逆上したノーマが突然銃を取り出し邸宅から去ろうとするジョーの背中に銃口を向け一瞬にして発砲、さらに庭のプールまで執拗に追いかけ2発を撃ち込むと彼は力尽き、水面である奈落へと倒れ込んでいくのだった。予期せぬ一瞬の出来事と発砲音に驚いた観客が息をのむのが恒例だったのだ。
一方、リバイバルでは血のりが多用され、ジョーがノーマから買い与えられていた衣服を脱ぎ捨て下着だけになると、最初の録音効果による衝撃音を合図に瞬時に照明が落ち全体が暗闇に包まれ、彼の悲痛な叫び声が響き渡る。それに続く2回の衝撃音で、フラッシュを焚くかのような冷たい照明で一瞬のみステージに明かりが灯り、裸体を血まみれにしたジョーの姿を観客の目に焼き付けるのだ。そしてフィナーレでは、返り血を浴びたかのように顔や手、そして黒いドレスを真っ赤に染めた、おぞましいノーマが観客の度肝を抜く。
果たして、初演版の突然の発砲音により驚かすスリリングな演出が正当なのか、血のりを使った視覚面での衝撃が良いのかは、意見がわかれるかもしれない。今から約30年前の第49回トニー賞の授賞式は、初演の『サンセット大通り』が上演中の劇場で行われた。授賞式では劇中で使われる豪華な大階段の巨大な装置も応用し、司会はノーマ役を演じ自らもミュージカル主演女優賞にノミネートされていたグレン・クローズが担ったのだ。これには理由があり、同シーズンに開幕した新作ミュージカルはわずか2作品しかなく、もう1作品は既存の曲を使ったレビューだったために、『サンセット大通り』の圧勝が予め見通せたからとなる。こうして、同ミュージカルは番狂わせさえなく作品賞や主演女優賞、楽曲賞など7部門を制した。
とはいえ、その反動があったのか、同作品が2017年に劇場街でリバイバルされた際は、トニー賞では候補の対象にさえならなかったのだ。来年の6月8日に行われることが決まった第78回トニー賞で、現在上演中の新解釈のリバイバルがどこまで健闘するのかは大きな関心事。
10月の開幕時にはミュージカル主演女優賞に王手をかけたかにみえたニコール・シャージンガーも、11月の大統領選挙に際トランプ支持者であるかのようなコメントによりネットで大炎上、謝罪に追い込まれた。これにより、今後は民主党の支持者が多い演劇界から忌避されるという予測さえある。そして現在では、真向かいの劇場で12月に開幕予定の対抗馬となるリバイバル作品のミュージカル『ジプシー』と、その主演のオードラ・マクドナルドに注目が集まるようになったことも事実で、今後の動向から目が離せない。(10/23/2024)
St. James Theatre
246 W 44 th Street New York, NY 10036
上演時間:1時間35分(休憩一回)
公演期間:2024年10月20~