The Beacon 訳:灯台の光

The Beacon
訳:灯台の光

オフ・ブロードウェイ 演劇
The Beacon
訳:灯台の光
The Beacon 訳:灯台の光

『The Beacon』は、アイルランドの劇作家ナンシー・ハリスによって書かれ、2019年ダブリン演劇祭の一環として初演された。今回は、ニューヨークのオフ・ブロードウェイにあるアイリッシュ・レパートリー・シアター(訳:アイルランド作品劇場)で公演されている。この劇場は、後に賞を受けることになるような高い品質の作品を多く生み出してきている。ストーリーはアイルランドのある島を舞台に、有名な女流画家ベイヴと夫の死に纏わる人々の疑惑を描いている。ベイブを演じるのは、ケイト・マルグルー。テレビドラマ『ライアンの希望』(1975-1977)でメアリー・ライアン役を演じて知られている。『新スタートレック/ Voyager』のキャプテン役も務めた実力派の女優だ。

あらすじ&コメント

2時間半のこの作品は、休憩を挟んだ二幕から出来上がっている。舞台は床から天井まで張られたガラス窓がある居間となる。その外には砂土の庭があり、その先を下って行くと、きっと海が広がっているのだろう。窓のこちら側、居間には制作途中の大きな絵がイーゼルに乗っている。かつてベイブと夫マイケルは、人里離れた海岸にポツネンと立つこの別荘を、よく訪れていた。しかし10年前、マイケルはボートで海に漕ぎ出たまま戻らなかった。それ以降ベイブはこの島で独り、絵を描き続けている。

ある日、疎遠になっていた息子コルムが新妻のボニーを連れて別荘にやって来る。コルムは現在、カリフォルニアでソフトウェアのエンジニアとして働いていているのだが、どうやら父親の謎の失踪について、答えを求めているようだ。一方妻のボニーは、昔からのファンだった画家ベイブが義理の母親になったうえ、直接会えるというので興奮していた。

その後ベイブと息子コルムとの会話によっていろいろなことが判って来る。ベイブは当時、レズビアンとしての自分に目覚め、夫との生活を続けながらも他の女性らとの交流を深めていた。そのことが狭い村では物議を醸し、マイケルの失踪事件時、偏見に基づく疑惑の目がベイヴに向けられた。失踪当日、海辺に向かって歩く夫妻を見かけたという証言もあり、警察も彼女を疑っていた。しかし結局、何の証拠もなく、マイケルはあくまで失踪として処理され、公式な事件にはならなかった。しかしコルムは息子でありながら、母親への疑惑を拭い去ってはいない。一方、世間からの孤立を厭わないどころか、好んでいるようにも見えるベイブは、村人や息子からの疑いのまなざしなど歯牙にもかけず、あくまで現在の生活リズムを守って行こうとしている様だった。母子が過ごす時間には緊迫した空気が流れ、ベールに覆われて秘密だった当時の夫妻の生活や、息子コルムの同性愛的傾向のことが、ゆっくりと明かされていく。

そんなある日、皆と一緒に寝泊まりしていた妻ボニーの姿が見えなくなる。崖から海に落ちたのだろうか。もしかすると彼らを良く思わない誰かに暴力を加えられたのかも知れない。コルム、ベイブ、そして近所に住むコルムの旧友ドナルは、島中を探し回る。しかし見つからないまま、やがて夜が訪れる。暗い居間に、突然周囲を震わす大きな音がする。居間の窓ガラスが崩れ落ちたのだ。途端に強い風が部屋に流れ込み、大きくカーテンを揺らし、そこに当たる照明がおどろおどろしく、まるでマイケルの魂が戻ってきた様だ。怪奇な空気を感じさせる演出は見事だ。最後にマイケルの死の秘密が明かされていくクライマックスでは、60歳になるベテラン俳優、ケイト・マルグルーの素晴らしい演技が観れる。観客の皆が身につまされる気持ちになったのではなかろうか。

しかし一方で、サスペンスを盛り上げるための必要な回り道だけでなく、ベイブ自身のレズビアンの行動や芸術についての論争など、多くの題材が盛り沢山で、軸になるはずの親子と夫婦のストーリーに焦点が合いにくくなっている。また細かい事だが、ベイブが息子の妻ボニーと忙しく会話を続けるシーンでは、ジーゼルから離れて、筆を置いて欲しかった。有名な画家でも、いつも真剣に絵と向かい合うわけではないかもしれないが、あまり真実味が無い。もう一つ言、わせてもらいたい。最終シーンに至るまで、マルグルーはずっと太い黒縁メガネをかけている。しかしあれでは目や顔に顕われる心の微妙な動きを、観客は察することができない。残念な演出だ。

一般的にアイルランド人による戯曲は、社会的困難を題材にした暗く劇的なストーリーが多いと言われ、この「ザ・ビーコン」も例外ではない。彼らが住む北国の厳しい自然と、繰り返された征服の歴史の中で養われた人々の、タフでありながらも同時に他人への警戒心を強く持つ様子が垣間見られたりする。同じ島国でも、温暖な気候の中で較的長く平穏な時代を、何回も経験できた日本文化との違いは大きい。だからこそもしニューヨークに来る機会があるならば、オフ・ブロードウェイに足を運んで、そんな異なる文化を覗き見るチャンスをものにして欲しい。(11/1/2024)

Irish Repertory Theater  Francis J. Greenburger 
132 West 22nd Street

上演時間:2時間30分(休憩一回)
公演期間:9月22日~11月24日2024年

舞台セット:9
衣装:7
照明:8
キャスティング:8
総合:7

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