ビッグ・ゲイ・ジャンボリー
あらすじ&コメント
大ヒットした映画『バービー』でタイトルロールを演じたハリウッド女優のマーゴット・ロビーが惚れ込み、プロデューサーとして名乗りを挙げたことで初演が実現したのがミュージカル『ビッグ・ゲイ・ジャンボリー』。“ゲイの大祭典”などと訳せるタイトルからも自ずと察しがつくように、徹底して笑いを提供することに拘ったオフ・ブロードウェイで注目されている新作だ。
同作品で作詞・作曲・脚本・主演を担うのは、マーラ・ミンデル。もし歌姫セリーヌ・ディオンがタイタニック号に乗船していたらという突拍子もない設定で、彼女のヒット曲を使い豪華客船の沈没の悲劇をコミカルに綴るジュークボックス・ミュージカル『タイタニーク』の生みの親だ。同ミュージカルは2022年にオフ・ブロードウェイで人気を集め、オーストラリアやカナダ、そしてイギリスでの上演が次々と決まり世界展開に成功した。
マーラ・ミンデルは、このヒット作で脚本を書いたのと同時に、初演キャストとして大袈裟なものまねでセリーヌ・ディオンを見事に演じルシール・ローテル賞に輝き名声を高めたのだ。そんな注目の逸材の新作ということもあり、今回のミュージカル『ビッグ・ゲイ・ジャンボリー』には大きな期待が寄せられていた。
物語は、38歳の売れない舞台女優のステイシーがある朝に目を覚ますと、1945年を舞台にした古典ミュージカルの世界に迷い込んでしまっていたというところから始まる。アイダホ州の閉鎖的な架空の田舎町を舞台にしたこの古典ミュージカルでは、まだ“ゲイ”という言葉が同性愛者ではなく、“陽気”や“楽しい”などといった古風な意味合いで当然のように通じていた。
さらに現実の世界ではボーイフレンドもいるステイシーだが、なぜか古典ミュージカルの中では目覚めた日が別の男性との結婚式当日だと知り、二日酔いもあり混沌とする。そんなステイシーが町の人々との出会いを繰り返しながら、現実の世界へ戻ろうと奔走するという流れだ。そして、その要所ようしょにおいて過去の名作ミュージカルのパロディが加味されていくのが醍醐味。ミュージカル『ウィキッド』や『オペラ座の怪人』、『コーラスライン』、そして『レント』など名作のパロディが次々と登場する。
制作陣によると、ステイシーが迷い込む古典ミュージカルは、『若草の頃』をモデルにしており、劇中の歌詞にもあるように『ザ・ミュージックマン』の世界観も加味された。また主人公がミュージカルの世界に迷い込み、抜け出せなくなるという同様の設定としては、2021年から配信されているドラマ『シュミガドーン!』を彷彿とさせる。
同作品のもう一つの売りは、舞台となる架空の町の名前“Bareback”を筆頭に、下ネタの要素が満載な点。例えば、森に潜み町の人々から怪物と恐れられている人物が、実はジュディ・ガーランドの大ファンで、主人公ステイシーとの出会いで自分がゲイであることに目覚める。すると、ステイシーはミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の「ドレミの歌」のパロディとなる楽曲を歌い、ゲイに関連する用語を連発して観客にも一緒に歌うよう促し、爆笑の渦に巻き込む。紹介されるゲイ関連の用語の中には、HIV感染予防のための薬“PrEP”もあるが、最近は同作品も含めて劇場で無料配布されるプログラムの裏表紙にこの薬の宣伝が掲載されているケースが多く、それも含めてタイムリーな笑いにする徹底さが潔い。
ネタバレとなるが、ミュージカルの最後には劇中劇となる古典ミュージカルが、実は主人公ステイシーのボーイフレンド開発の人工知能がもたらしたものだということが明らかになる。その新型AIによって、だれもが歌い踊り、ミュージカルを演じることができるという設定。つまり、ステイシーはボーイフレンドの策略により、彼が実験的に演劇界とは関係のない一般人を使って創りだしたミュージカルの世界に迷い込んでいたというのがオチで、そのチープな展開さえも敢えて見所にする。
さらに劇中では、観客のひとりを重要なキャラクターに設定し、複数回にわたり舞台に上げ、仕舞にはその人物をカーテンコールでセンターにするといった遊び心も客席を沸かせる。(※因みに、この観客は決してサクラではなく、開演前にスタッフによる承諾を得ての参加。)
古き良き時代のミュージカルの世界観を無理やり模していることから作品の冒頭は、非常にテンポが遅いのは事実。しかし、様々なミュージカル作品への深い理解を以ってのオマージュ、そして持ち味とする極端に下品な笑いが炸裂する後半にかけては幾分か理解を示すことも可能で、作品の方向性に一切のブレがない。テーマ性や感動はないが、観客を楽しませようとする制作陣の努力が汲み取れるのだ。
今回、上演されているのは1982年にミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』が初演されたことでも知られる、客席数350のオーフィウム劇場。昨年の1月には、『ストンプ』が長年にわたるロングランを終了させて久しい。
イーストヴィレッジを歩けば、およそ30年にわたり親しみのあった同劇場の“STOMP”のロゴを目にしなくなり、次に掲げられたメジャーな作品の看板が色艶やかなミュージカル『ビッグ・ゲイ・ジャンボリー』のものとなった。来年の1月19日までの期間限定公演の予定で、今後ヒットしたとしてもさすがに『ストンプ』のようなロングランを成功させるのが難しいのは明白だ。とはいえ、この120年の歴史を持つ名門劇場からテナントがなくなり、すぐに看板が下されて殺風景になるような短命には終わってほしくない。(09/28/2024)
Orpheum Theater
126 2nd Ave. New York, NY 10003
上演時間:1時間40分(休憩なし)
公演期間:9月14日〜1月19日2025年




