The Blood Quilt
血のキルト
血のキルト
あらすじ&コメント
今回は客席に入ると、本水の池の上に建つコテージの居間の美しい装置が目を奪う。砂が敷かれた池の周りには草花が生い茂り、コテージの2階部分には、見事なパッチワークのキルトが複数垂れ下げられている。舞台となっている海辺の家の床と2階の階段の縁から下がるキルトに、海辺の波が寄せては返る波の動画が映し出され、幻影的な雰囲気を醸し出している。物語の要ともなるこのキルトは小道具ではなく、コレクターから本物を借用しており、ブロードウェイではまだ2作品しか手掛けていないが、デザイナーのアダム・リッグによる舞台装置に開演前から感銘を受けるのだ。
舞台はアメリカのジョージア州にある多くの島のある一つ。実際これらの島には昔アフリカから連れてこられた奴隷らが住み、解放後も彼らの多くが島に留まって、今もその子孫達によるコミュニティが現存し、独特の文化を受け継いでいることで知られている。ストーリーは、そこの海が見渡せるコテージの家で始まる。黒人4姉妹のジャーニガン家には、血縁の娘が先祖代々にわたって端切れを継ぎ足しながらキルトを編むという、アフリカ伝来の文化が受け継がれていた。亡くなって間もない母親の死を称えるキルトを一緒に縫うために、久しぶりに姉妹達がその家に集まってくる。ところが、母親が亡くなって初めて顔を合わせる父親の異なる4人には試練が待ち受けており、家族の暗い過去や秘密が次々と明らかになっていく。
弁護士として成功し、末っ子ながらも姉たちに経済的な支援もしてきた四女が、生前の母親から託されていた遺言状の存在とその内容を明らかにすることに端を発し、その家には暗雲が立ち込めていく。さらには、母親が家の固定資産税を7年にわたって滞納し、25万ドルの莫大な借金を抱えていることも明るみに出て、事態は悪化の一途を辿る。大切に受け継がれてきたジャーニガン家のキルトを博物館に売ってその家を救うか否か、4姉妹は大きな決断を迫られる。出演者は5名で、母親を最後まで看取った長女、母親から忌避されていた気性の激しい次女、シングルマザーの三女とその15歳の娘。そしてHIV感染者という事実が途中で明るみに出る四女である。
2024年の秋のブロードウェイでは、ロンドン発の芝居『ヒルズ・オブ・カリフォルニア』が大ヒットしたが、こちらも似たように死の床にある母親のもとに4姉妹が集い、そこで重大な過去の秘密が明かされていくという内容だった。このストレートプレイも、今回の『ブラッド・キルト』も上演時間が2時間40分ほどで、出演者が見事な歌唱を披露する音楽劇の要素がある点でも共通する。 どちらの戯曲においても4姉妹の各々が闇を抱えており、彼女たちが歩んできた人生と、それによって形成された今の彼らの姿が正直に描かれている。
『血のキルト』と言う題名は、縫った針で指を刺して出た血を、キルトの裏の角と真ん中につけて印を残すと言う伝統から来ている。二幕目には亡き母親の霊がキルトに乗り移ったかと思わせるようなシーンもあり、緊張感が保たれたまま上演時間が過ぎていく。 さらに後半にはもうひとつのサプライズがあり、ステージ上に本水の雨が大量に降りそそぎ、その滴が海を模した池の水面を打ち、観客を圧倒する。パンデミック以降のニューヨーク演劇界では、BLM運動の影響もありアフリカ系アメリカ人を描く作品が必要以上に急増して過当競争になり心的飽和感を覚えるまでになっていたが、今回のような心を動かされる秀作との出会いはやはり嬉しい。2015年にワシントンD.C.で初演された同ストレートプレイだが、その完成度の高さから、もっと早くにニューヨークに上陸しても良かったのではないかと感じる。(12/13/2024)
Lincoln Center Theatre at the Mitzi E. Newhouse
150 W 65th Street, NY, NY
上演時間:2時間40分(休憩一回)
公演期間:10月30日~12月29日2024年