ザ・ラスト・ビンボー・オフ・ザ・アポカリプス
あらすじ&コメント
タイトルが“黙示録の最後のふしだらな女”といった意の同ミュージカルが題材にするのは、2006年にタブロイド紙のNYポストが掲載した、写真が目を引く芸能記事となる。パパラッチによって撮影されたその写真に映っていたのは仲良く車に乗ってパーティに出かけたブリトニー・スピアーズとパリス・ヒルトン、そしてリンジー・ローハン。“ふしだらな3人の女性の黙示録”という見出しが目を引いたこの記事は、そのセクシーさを武器に、おバカで軽率な行動によって芸能ニュースを賑わせ、脚光を浴びていた彼女たちを揶揄する内容だった。
現代が舞台となるミュージカル『ザ・ラスト・ビンボー・オフ・ザ・アポカリプス』の物語は、この3人が乗っていた車をフロントガラス越しに撮影したパパラッチの写真に、世間からの注目を集めようとしていた4人目の女性が写っていたという仮定でのもの。「ヨハネの黙示録の四騎士」に着想を得たかのようなミュージカルの本編に登場するパパラッチの写真を模した絵画が描かれた幕には、車の後部座席から延びた4人目の謎の腕が追加されている。その腕にある“Coco(ココ)”という名前が確認できるブレスレットをたよりに、SNSを通じて知り合った3名のティーンエイジャーが、身元不明となった謎の4人目が誰なのかを突き止めようとするというストーリーだ。
Z世代となる主人公のひとりは、行方不明者を探すのがライフワークで引きこもりのユーチューバーのブレインワーム。そして残りの2人の青年は自称ストレートのブックワームとゲイだと公言するイヤーワーム。3人が、SNSで身元不明の“Coco(ココ)”が誰なのかを追求し始めると、訃報記事が見つかり彼女はすでに亡くなっていたという現実と直面する。
しかしその後に事態は一転、歌手志望で目立ちたがりだったココは、写真が公になって間もなくして保守的な母親によって20年近くに及び世間から隔離されていたことが明らかになるのだが、それには裏があった。したたかなココは20年にわたって自らの意志で死亡届を出して敢えて身をひそめて行方不明者となり、自分にいつか注目が集まる機会を待ち構えていたのだ。
こうして一躍有名になったココは念願だった音楽番組への出演を果たし、自身の名を冠した台所用品のブランドも立ち上げる。ココを救おうとしていたが故に、彼女に利用されていたことに落胆する主人公のブレインワームだが、台所用品のブランドの収益が自らの“行方不明になった女性たちを探すプロジェクト”に寄付されることが決定、ミュージカルは大団円を迎えるのだった。
作詞・作曲・脚本は過去にピューリッツアー賞の最終選考に残ったことがあるマイケル・ブレスリンとパトリック・フォーレイのコンビ。パパラッチによる一枚の写真という珍しい題材をミュージカルに仕立てようとした創意は評価に値する。ジョルジュ・スーラの絵画「グランド・ジャット島の日曜日の午後」の背景にある物語を創作したスティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲のミュージカルの名作『ジョージの恋人』さえ彷彿とさせるのだ。また2000年代初頭の文化などにノスタルジックな感慨で接している点にも好感が持てる。通称“Y2K”と呼ばれる同年代へのトリビアが豊富なのも見所のひとつ。そしてSNSを巧みに使いこなすブイロガーたちが主人公というのも旬な設定となっている。
ただ突拍子もないストーリー展開には首を傾けざるを得ない。また、筋が通っていない演出にも違和感がある。例えば主人公で引きこもりのアースワームは、巨大なレインボーサングラスをかけてユーチューブに出演するという設定なのだが、冒頭で登場する際に顔が隠れて表情が見えないためそのキャラクターに感情移入ができないという難点がある。それにも拘らず、途中からはこのレインボーサングラスをはずし、最後までそのままなのだ。
さらにオンラインでやり取りしている際には、3人が青いハンドマイクを持って台詞を発し歌うとういう設定も、途中から曖昧になってしまい、その意図が掴めない。一貫性に欠けるこうした選択が、作品全体のバランスの悪さを際立たせてしまう。そして、自身がストレートであると複数回にわたって明言する主人公の青年ブックワームが、ゲイだというもう一人のイヤーワームとクライマックスでキスをし、カミングアウトしたかのように印象付ける不思議な展開も気になった。
主人公のアースワームを演じるのは、10歳の時にブロードウェイでミュージカル『マチルダ』のタイトルロールを演じ、2013年のトニー賞で名誉賞に輝いたミリー・シャピロ。トニー賞を受賞した後は、テレビや映画でも活躍した彼女だが、今回ばかりはミスキャストで、役が板についていない。残りの2人のティーンエイジャーも、学生演劇ではないかと疑うほどぎこちないのが足枷となっている。楽曲が軽快で心地よく、作品そのもののアイディアも興味深いため、ムラが目立った点が非常に残念だった。(5/9/2025)
The Alice Griffin Jewel Box Theatre
480 W 42nd Street New York, NY 10036
上演時間:1時間30分(休憩なし)
公演期間:6月1日まで



