The Prayer for the French Republic プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック

The Prayer for the French Republic
プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック

オフ・ブロードウェイ 演劇
The Prayer for the French Republic
プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック
The Prayer for the French Republic プレイヤー・フォー・ザ・フレンチ・リパブリック

ずいぶん昔の話になるが第一次世界大戦の傷跡さめやらぬパリに、あるユダヤ人※1がピアノの店を開いた。それは1920年のことで、閉店が決まるのは2016年なので、実に96年間の長きに渡り、世代を重ねて繰り広げられるユダヤ人一族の話が、今回紹介する作品になる。ナチスからの迫害、フランス人からの冷遇を乗り越えながらパリでの生活を営みながらも、最終的にはイスラエルへの移住を決定するまでの彼らの悲哀と逞しさが、ユーモラスに描かれる。 芝居は盆舞台を使いながら、ポイントとなる時代を行き来して巧みな構成で描写される。脚本はジョシュア・ハーモン、演出はトニー賞受賞「The Band's Visit」のデヴィッド・クローマー、舞台セットは日経アメリカ人のカタ・タケシによる。

あらすじ&コメント

芝居は2016年からスタートする。老夫婦のひ孫に当たるマルセル女史が、アルジェリアから逃げてきたユダヤ人医師チャールズと豊かな結婚生活を楽しんでいる。彼女は女性心理学者で大学の学部長なのだ。そこにニューヨークに住む遠い親戚のモリーが、語学留学でやってくる。彼女は米国に移住したマルセルの曾祖母イルマの母の妹の5世代後の子、つまりユダヤ系アメリカ人の6世ということになる。マルセルは娘エロディーをモリーに紹介する。エロディーは躁鬱病を患っているが個性的な魅力にあふれている。そこに息子ダニエルが顔中血だらけになって家に帰ってくる。ダニエルがキッパー※2を被っていたことで暴力を受けたのだ。それを見たマルセルは、「キッパーの上に野球帽か何かをかぶって街に出ておくれ」と懇願する。しかしダニエルは、「なぜユダヤ人であることを隠さなければならないんだ」と聞かない。

盆が廻るとそこは72年前の1944年の第二次世界大戦末期におけるナチス迫害下。娘と息子一家を収容所に連れていかれた老夫婦のイルマとアドルフェは、アパートのブラインドを占めたまま彼らの帰りを待ち続けている。

そうやって過去と現代を往復しながらストーリーは語られるが、大戦終結の翌年1946年、老夫婦の元へ収容所のトラウマでかすっかり無口になってしまった息子と孫ピーターが現れる。ピーターはやがて成長し、ピアノの店を継いでカトリックの女性と結婚する。その娘が長じて女性心理学者で学部長となったマルセル女史だ。彼女は特定の宗教教育を受けずに育つ。終戦2年後、老夫婦は娘がナチスに殺されたことを息子から聞き出す。娘の帰宅だけを支えに生きてきた父親アドルフェは、それから急に老け込み痴呆症が進み始める。 一方、現代ではダニエルに起こった事件で、夫チャールズや子供達は早い内に家族皆でイスラエルに移ろうと言う。だが昇進したばかりのマルセルには、職を捨て生まれ育ったパリと別れることなど思いもよらない。ニューヨーカーのモリーは、イスラエル政府によるパレスチナ人に対する迫害政策を責める。それに対してマルセルは毅然として言い返した。「あなた達はインディアンを追い出して、そこにエンパイア・ステート・ビルビルディングを立てたのよね」と。ほどないある日、親しかった近所のユダヤ人老婆がアパートの自室で殺されてしまう。自宅ももはや安全ではないことに動揺したマルセルは、ついにイスラエルへの移住を決断する。ところが、モリーといい仲になったダニエルは「フランスに残りたい」と言い出す始末だ。

最後は家族でイスラエルに立つのだったが、間際にマルセルは、小さい頃、親に手を引かれて通ったユダヤ教会堂で唱えていた祈りの言葉を思い出す。 それは200年に渡り続けられていた祈りだった。「我らを受け入れてくれたフランス共和国に感謝する。これからも我々と宗教の自由を守りたまえ」。

この作品、同じユダヤ人であっても、フランスで生まれ育ったマルセル、アルジェリア人であるマルセルの夫、アメリカ人のモリー、何不自由なく育ち自由に宗教に立ち構える子供達と第二次世界大戦時を生き抜いたユダヤ人と、それぞれの世界観と立場の違いが立体的に描かれている。3時間と長い上演時間であるのにも関わらず、あっという間だった。

ユダヤ人への偏見と憎しみは、キリスト教が生まれるはるか前から受け継がれてきた。だが当時のヨーロッパのユダヤ人は、ナチス収容所で虐殺されるなどとは夢にも思わなかった。ドイツを含め、占領下になったそれぞれの国々で生まれ育った医者、教授、法律家、ビジネスマンなどのユダヤ人は多く、彼らはナチス政権を一時的なものと思って受け止めていた為、海外に逃げ遅れ、その多くが命を落とした。このような悲惨な経験を民族としてだけではなく、身近な近親者の出来事として記憶しているユダヤ人にとって、「ここで判断を誤れば命がないかもしれない」と感じるのは、ごく普通で現実的なのかも知れない。植民地になったことがなく、他民族からの顕著な迫害も受けたことがない多くの日本人にとっては、共感し難いところだが、作品を通して想像することはできるだろう。

この作品中のマルセルのように2015年のフランスでは、ユダヤ人への暴力が増えたために多くの知識階級がイスラエルへ逃げている。子供の教育、芸術や学問を重要視するユダヤ人のこのような流出は、フランスの文化振興を脅かし、首相が「10万人のスペイン人が去ったとしてもフランスはフランスだが、10万人のユダヤ人がいなくなったらフランスはフランスでなくなってしまう」と公言したほどだ。実はアメリカでも、この作品が発表された後の2017年には偏見によるユダヤ人への暴力が前年比で57%増加。翌2018年にはピッツバーグのユダヤ教会堂が襲撃され17人の死傷者が出ている。その後もユダヤ系アメリカ人への暴力は増え続けている中で、舞台のエロディーがモリーに放った次の言葉を、観客のユダヤ系アメリカ人はどう受け止めていたのだろうか。

「知織人としてあなたのイスラエルへの批判は間違っていないかも知れない。でもアメリカでさえ、いつまでも安全だとは限らない。いつの日かもし逃げる場所がなくなったら、その時、あなたはイスラエルをどう受け止めるのかしら。」
02/12/2022

ユダヤ人※1: a Jew(名詞)、Jewish(形容詞)。その言葉自体には侮蔑的な意味合いが含まれることはない。意味するところは、両親や祖先がユダヤ人の場合、およびユダヤ教に改宗した人を指す。

キッパー※2:熱心な男性ユダヤ教徒が被る小さな帽子。

Manhattan Theater Club at City Center – Stage I
131 W. 55th St.
公演時間:3時間(2回休憩)
公演期間:2022年2月13日〜3月27日

舞台セット:9
衣装:6
照明:8
総合:9
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy

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