ウラジミール
あらすじ&コメント
現在、ウクライナ戦争が続いているからだろう。2024年の初頭には他にもプーチンを描いたブロードウェイの作品があった。たとえばピーター・モーガンによる戯曲『Patriots/愛国者』で、当初殆ど無名だった田舎の政治家プーチンが大統領になるにあたって最も貢献したと言われる億万長者の財界人ボリス・ベレゾフスキーが描かれている。だがプーチンは、ポリスから得た強大な経済力の支援を基に、共産主義あるいは社会主義という絶対権力を手に入れた直後、これを駆使してボリスをはじめとする経済人等の力を根こそぎ引き剝がしていき、遂にはロシア国内に住めない状況に陥れる。そして最終的には亡命先での暗殺を謀るのである。この『愛国者』はノンフィクションだが、本作品のライサは架空の人物である。しかし冒頭で触れたように、ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ(2006年10月に暗殺された)と多くの共通点がある。またライサの情報源となり、政府の内部情報も集めた勇敢な会計士エフゲニーは、2300万ドルの税金詐欺を暴露した後、クリムリンに拘束され殺された弁護士セルゲイ・マグニツキーに酷似している。こういう人々がロシアの過去から今まで無数にいて、現に殺されてきたことが恐ろしい。ちなみにアンナ・ポリトコフスカヤの両親はウクライナ人のソ連国連大使で、彼女はニューヨーク・シティー生まれだったそうだ。
ライサ(ニックネーム:ラヤ)の編集者で友人のコスティヤ役は、「ダーティ・ロッテン・スカウンドレルズ」(2005年)と「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2011年)でトニー賞最優秀男優賞を受賞したノーバート・レオ・バッツが演じている。現在57歳で、かつては丸かった体型も細くなり、コメディー・ミュージカルで名を馳せた頃の面影はなく、役柄も違ったので最初は気付かなかった。しかし経験に裏打ちされた渋い演技を見せてくれた。ライサを演じるフランチェスカ・ファリダニーは、独立系の映画やテレビで活躍しているアメリカ人女優で、命懸けで真実を守り続けるジャーナリストというのは、実際にこんなだろう、と思わせる芯の強さと頑固さを感じさせてくれる個性がある。コスティヤは彼女を支持し、二人はプラトニック・ラブの関係だが、後半、プーチンを批判するリスクの大きさに慄く様子が上手に演じられていた。
ダニエル・サリバンの演出は、全体が黒を基調に構成されていて、各舞台がテレビ局、ライサのアパート、道路沿いなどへと変化していく。「2001年チェチェン」「2004年モスクワ選挙の夜」などと、プロジェクターにタイトルが示され、観客が導かれる。この流れの中、プーチンの姿は最後まで出てこない。しかしその存在は物語全体に大きく重くのし掛かる。ライサは常に居場所が悟られない様に気を配っていた。だが遂にある日、自宅で紅茶を飲んだ直後、激しい胃痛に襲われ、駆けつけた娘の腕の中で血を吐いて病院に運ばれる。幸い命は取り留めるが、元の元気な姿には戻れない。それでも強い信念は失わず、取材と執筆に邁進するのだった。そんなライサの誕生日。「ねえ約束して。こうやって一つひとつ、歳を重ねていくと」と娘が嘆願する。コスティヤも問いかける。「真実にそれほどの価値があるのだろうか? 命をかける価値が・・・?」。
この問いかけは、今般のアメリカ巨大メディア・ネットワークのジャーナリスト達に向けられているように感じた。この4大メディアのジャーナリストたちは、軽く数億円を超える年収を稼いで視聴者からは隔たった生活を送り、ジャーナリストとしての誠実さの欠けた詰めの甘いニュースを配信し続けて人々の信用を失ないつつある。そういう意味で本作品はタイムリーで、現代の政治やジャーナリズムが抱える課題を考えさせる作品だと言える。
<ネタバレ>ライサが書いた本はアメリカで話題を呼び、本を紹介するツアーが企画される。米国に招待されて、この地でスピーチをしている場面が、作品のラスト・シーンとなる。(10/30/2024)
New York City Center Stage I
131 W. 55th Street, between 6th and 7th avenues
上演時間:75分(休憩無し)
公演期間:2024年9月24日〜11月10日



