ゴドーを待ちながら
あらすじ&コメント
幕が上がると、白木で構成された巨大な円筒状トンネルのセットが、観客の視線を一気に奪う。過去に象徴とされた「一本の木と田舎道」は姿を消し、代わって時間も方向も失われた中間世界=リムボが現れる。観客は閉塞感の漂う空間に取り込まれる。
そのトンネルの端に、観客に向かってちょこんと座るリーヴスとウィンター。二人の共演は、『ビルとテッドの大冒険(Bill & Ted)』シリーズ以来である。
リーヴスが演じるエストラゴン(通称ゴーゴー)は、くたびれた服にやつれた頬、待ち続けることに疲れ果てた人間の象徴のようだ。一方、ウィンターを演じるウラジミール(通称ディディ)は理屈っぽく哲学的な言葉を並べるが、結論は出ない。二人は倦怠と依存のあわいを彷徨い、互いに離れられずにいる。来ないゴドーを待ちくたびれ、「もう行こう」と何度も呟くが、動かない。そして何も起こらない。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、二人は準備の過程でイギリスのレディング大学にあるベケット・アーカイブを訪れ、手稿や写真を調べたという。また、祝日を時には共に過ごす仲の彼らは、1年以上にわたり、ほぼ毎月集まって戯曲を読み合わせてきたそうだ。
時間をかけて準備をしてきた2人だったが、彼らのディディとゴーゴーのやり取りにはやや硬質な印象も残る。長年映画で培った間合いでは、目の前にいる観客との距離を詰めきれないこともあるのだろうか。過去にこの役を演じたロビン・ウィリアムズとスティーヴ・マーティン(1988年、リンカーン・センター公演)、ネイサン・レインとビル・アーウィン(2009年)、パトリック・スチュワートとイアン・マッケラン(2013年)らはいずれも、豊かな舞台経験と軽妙なやり取りでこの戯曲を支えた。『ゴドー』が「悲喜劇」であることを思えば、コメディ役者ではないリーヴスとウィンターにとっては高難度の挑戦だったのかも知れない。それでも、二人の演技には誠実さがあり、悲哀の中に無垢さが漂っていたことは一言触れておきたい。
舞台中盤で登場するポッツォとラッキーを演じるのは、ブランドン・J・ダー・デンとマイケル・パトリック・ソーントン。ダー・デンのポッツォは怒声よりも低い呻きと沈黙を基調とし、次にどう出るかわからない脆さを露わを見事に描いている。
一方ソーントンは、20代で脊髄梗塞を起こし車椅子生活となった俳優だ。彼の身体そのものが、ラッキーの「拘束された存在」をリアルに体現している。口枷を外され、「考えろ!」と命じられて語り出す長い独白は、宗教・哲学・学問・倫理が断片的に混じり合い、文法も意味も崩壊している。思考とは本来、自由な意志と対話によって成り立つ。しかしラッキーは命令によって「考えさせられる」。結果として、思考は自己循環し、意味を失った言葉の奔流と化す。
この光景は現代のSNS社会の縮図のように感じられた。人は自分に都合の良い情報だけを選び、異なる意見を遮断し、エコーチェンバーの中で思考を閉ざしていく。ラッキーの独白は、その「閉じた思考」の危うさを象徴しているようだ。自分の内側で反響し続ける声――それは理性の死であり、「考えること」そのものの崩壊である。情報洪水のなかで、何を信じ、何を待ち続けるのか。現代を生きる観客に突きつけられる問いである。
舞台美術と衣装を手がけるのは、ロイドとコラボレーションを重ねてきたスートラ・ギルモア。トンネルの舞台セットは時間と方向を失った空間を示し、観客自身も登場人物と同じく出口のない世界に閉じ込められる。照明(ジョン・クラーク)は白と灰色のトーンを基調とし、トンネル奥の黒い空間に浮かぶ光が皆既日食のように変化して、時の経過を示す。音響(ベン&マックス・リンガム)は低周波のノイズや断続的な機械音で、沈黙を「空白」ではなく「圧力」として立ち上げる。
緊張感に満ちた舞台の中でも、観客を沸かせる瞬間がある。映画『ビルとテッド』の象徴である“エアギター”をほんの一瞬だけ再現する場面では客席が沸いていた。さらに、二幕ではゴーゴーのキアヌが、もう首を吊るとズボンの紐を外すと、パンツが足首までずり落ち、本人も呆気に取られた様子でじっと立ったまま観客の方を見る。ゴーゴーが黒いブリーフ一枚になるこの場面、本来なら笑いが起きてもおかしくないのだが、客席の多くがキアヌ・リーヴスのファンとあって、誰も笑わず、思わず唾を飲んで彼の脚線美を見つめていた。 キアヌ本人の案なのか創作チームの案なのかはわからないが、サービス精神いっぱいである。
今回「Godot」の発音はこれまでよりも「God(神)」に近い“GOD-oh(ゴッドウ)”と明瞭に発音される。従来は“Guh-DOH(グッドウ)”が一般的だったが、あえて「神を待つ」象徴を響かせる大胆な選択である。ベケット自身はこのタイトルの解釈を明言していないが、無神論が進む現代のアメリカ社会において、新たな意味を投げかける演出だった。(10/9/2025)
Hudson Theatre
141 West 44th Street, New York, NY 10036
上演時間:2時間15分 (休憩あり)
公演期間:2025年9月28日〜2026年1月4日(現時点予定)





