West Side Story ウエスト・サイド物語

West Side Story
ウエスト・サイド物語

ミュージカル ブロードウェイ
West Side Story
ウエスト・サイド物語
West Side Story ウエスト・サイド物語

1957年当時のミュージカルと言えば、楽しい気分で素直に笑えるエンタテイメントだった。そこに社会的テーマを扱って登場したのが、後にブロードウェイの金字塔となる『ウェスト・サイド物語』だ。そこでは殺害の加害者と被害者、またその仲間たちの相克が繰り広げられ、当時の常識では考えられない深刻な問題提起が含まれていた。果たして観客はそんなミュージカルを受け入れるのか。ワシントンDCでのトライアルによる初演が粛々と進む中、静まり返った観客の様子を緊張して窺う4人の制作者たちがいた。今では巨匠となったアーサー・ローレンツ(脚本)、レナード・バーンスタイン(作曲)、ジェローム・ロビンズ(振り付け)、スチーブン・ソンドハイム(作詞)である。 彼らには観客が戸惑っているように見えたに違いない。だがしかし、今では誰もが知っているナンバー「アメリカ」が終わるやいなや一斉に劇場は歓声に包まれたのだった。翌日のワシントン・ポスト紙には、「ミュージカルの歴史を変えるに違いない」という賛辞が踊っていた。

あらすじ&コメント

当時の評価には、4人ともゲイだったことを背景に指摘して人種問題を取り上げたのであろうという解釈があった。しかし脚本のアーサー・ローレンツは、「私たち4人はユダヤ人だが、それ故に少数民族としての多くの偏見を経験してきた。それがああいう作品に繋がった」と否定している。実際にローレンツが最初に考えていたタイトルは、「East Side Story(イーストサイド物語)」だった。当時マンハッタンの東(イースト)のダウンタウンにはユダヤ人移民が多く住んでいた。彼らはカソリック教徒と対立していたのでそれをテーマにする構想だったようだ。しかし作品発表の2年前、ローレンツと作曲のバーンスタインがバリーヒルズにあったホテルのプールサイドで目にしたのは、「チカーノ(メキシコ系アメリカ人)の若者ギャングの暴行」と言う新聞の見出しだった。この見出しに二人は閃いた。ユダヤ人ではなく、もっとアメリカ人にとって身近なラテン系移民とヨーロッパ系移民の話にしようと思いついたのだ。1950年当時、メキシコ系アメリカ人と同じラテン系のプエルトリコ移民の数は、50万人にも登っていたのだ。

その後4人の巨匠は、色々な出来事があって袂を分かってしまったが、当時は手に手を携え「とにかく質が高く、最良の作品を作ろう!」と一丸となって作品作りに情熱を燃やしていたのである。

『ウェスト・サイド物語』はその後6回もリバイバルが繰り返され、直近ではスペイン語で歌われるバージョンが話題になっていたが、今回の演出は、ベルギー出身のイヴォ・ヴァン・ホーヴェ/Ivo van Hove による。彼は『橋からの眺め』(リバイバル・トニー演劇演出部門受賞)、『ネットワーク』(リバイバル)、『るつぼ』(リバイバル)などの演出で、鋭く個性的な才能を存分に発揮している。ニューヨーク紙から「妥協しないミニマリズムの演出家」というニックネームを付けられた彼が、ハイテクを駆使するアバンギャルドなスタイルは、世界から注目されている。投じる資金も相当に上るらしい。先日本作品を観終わって手荷物チェックインの子とお喋りしていたら、「この作品、17億円の制作費がかかったんですよ」と言っていた。そして、大雨の中での争いのシーンは、すごい量で降らせているので、皆が滑って何人も怪我人が出たので、今は紙やすりを靴の裏に貼っているんだ」そうだ。

さて今回の作品の1番の特徴は、何と言っても舞台後方の壁が巨大なビデオ・プロジェクターになっているところだろう。標準的な映画館のIMAXのスクリーンサイズに近い、高さ12m 幅21mのプロジェクターに舞台の部屋の俯瞰が映し出されたり、演じる俳優が大写しになったり、舞台とは違う場所や時間で進行している物事が映し出されたりする。たとえば縫製工場の入り口がプロジェクターの一部に映し出されていて、その前で友人とおしゃべりするマリアが奥に入って舞台からが消えると、プロジェクターには工場内で仲間の縫い子達と彼女がお喋りする様子が生で映し出される、という具合だ。またジェット団とシャーク団の縄張り争いに警官達が入ってくる場面では、ギャング役の一人がスマートホンで撮影していて、その様子が、プロジェクターに大きく映し出される。ギャング達が警官にしょっぴかれるシーンで、少年たちの家庭事情が歌詞となっている「Gee,Officer Krupki(クラプキ巡査どの)」が流れているとき、プロジェクターにはその後の事情聴取や裁判の様子が描かれ、ギャングと警官との関係や、移民街に住む若者達の生活感が複合して表現される。またときには夜更けの暗く寂しい路上の景色が、プロジェクターの上をゆるりゆるりと後方に流れていき、荒涼とした街の雰囲気が醸し出される。

もう一つの大きな特徴は、振り付けが変わったことだ。誰もが知っているジェローム・ロビンズによる元の振り付けを変更するのは、これまでは作品の冒涜に近いタブーだった。 ところが今回、その聖域を覆したのだ。どうやら言い出したのはプロデューサーのスコット・ルーディンだったようだ。彼はトニー、エミー、グラミー、オスカー(アカデミー)の全てを受賞しているベテランプロデューサーで、演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェからリバイバルの話を持ちかけられた際、「提案がある。全く新しい振り付けにしよう」と言ったそうだ。確かに元祖ジェローム・ロビンズの振り付けは素晴らしい。だが現代のギャングをイメージする人にとっては、あまりにも健全な踊りだ。そこで振付師として白羽の矢が立ったのが、ホーヴェと同じベルギー人のアバンギャルドなアーティスト、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル/Anne Teresa De Keersmaeker だった。20代前半ですでに国際的な名声を得ていた彼は、本作品でも武術からインスピレーションされたという、バレエのセオリーからかけ離れた動きを駆使していた。それは地表近くに置いた体の重心を、芯から一旦逸らしてバランスを崩す寸前でキャッチするという動作を、かなりのスピードで繰り返すのだが、鍛えたダンサーであっても正確に表現するのは容易ではない。本作品に出演していた多くのダンサー達のうち、その動きを理解して表現できていたのは、2、3人しかいなかったのは残念だった。かのニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)の元プリンシパル、アマール・ラマザーは、プエルトリコ系ギャング団のリーダー役を務めたのだが、その彼でさえ、この振り付けは動きにくそうだった。 ザンレール(空中での2回転)を見事に熟していた彼でさえもだ。

衣装は、素晴らしく趣味のいいストリート・ファッションとなっている。ニューヨークタイムズ紙の劇評「彼らが大写しに出てくるスクリーン映像は、まるでカルビン・クラインの男性用香水のCMみたいだ」というのは、絶妙に言い得ている。もちろん実生活でそんなハイファッションのギャングに出会うことはない。

トニー役は、『アイランド〜かつてこの島で〜』(リバイバル)のダニエル役を演じたアイザック・パウエル/Isaac Powellで、20歳代半ばの若く素直な歌い方に好感が持てる。マリア役は、2009年から10年間『ライオンキング』で幼いナラ役を努めた21歳のジュリアードの大学生、シャリーン・ピメンテル/Shereen Pimentelだ。その声にはオペラ歌手のような輝きがある。
この初々しい主演の二人に、今までのリバイバル中で最も若さをと儚さを感じることができた。それでだろうか。終盤トニーの死のシーンでは、初めて涙を堪えなければならなかった。

従来の公演時間は休憩を含んで2時間45分程と長い。しかし本作品は休憩なしの1時間45分。人気曲「I Feel Pretty / 素敵な気持ち」も丸々カットされている。残念と思われるかも知れないが、脚本を書いたアーサー・ロレンスは後に、「どの楽曲も社会的問題を正面から捉えている。そこで一つくらいは観客の期待に応えるつもりで楽しく軽い曲として「I Feel Pretty」を入れた。だからテーマとは無関係な内容になっている。」と語っている。そんな事情や、オリジナルに比べれてダークな本作品には向かないとの判断が、あったのだろう。

2020年12月には映画の方も、スティーヴン・スピルバーグ監督によってリバイバルされるらしい。舞台公開を追いかけるタイミングとなるわけだが、全くの偶然だったようだ。 2/26/2020

Broadway Theatre
1681 Broadway (W. 53rd St.)
公演時間:1時45分(休憩なし)
公演期間:2020年2月20日〜3月12日(コロナ感染を防ぐため休演)

舞台セット:8
作詞作曲:10
振り付け:7
衣装:8
証明:7
総合:8
Photo by Jan Versweyveld
Photo by Jan Versweyveld
Photo by Jan Versweyveld

Lost Password