素晴らしき世界、ルイ・アームストロング
当時の黒人ミュージシャンの苦労は、他のミュージカルでも描かれてきている。ジム・クロウ法が施行されていた時代、南部では黒人が白人のミュージシャンと異なるホテルに宿泊することを余儀なくされ、クラブによっては黒人を拒否する場所もあった。知らない街で白人に睨まれ、酷い目に遭うミュージシャンもいた。そんな厳しい状況の中、ルイはその才能を武器に黒人ミュージシャンの道を切り開いていった。彼の象徴でもある微笑みは、「反抗心など何もない」と示して、白人に警戒されないようにするためだったとも言う。
女性遍歴はさすがに舞台に立つミュージシャン、とでも言うべきだろうか。彼はアメリカ全土を巡る演奏活動を行う中で、4度の結婚をしている。1910年代の故郷ニューオリンズでは地元で人気の娼婦と、1920年代のシカゴでは音楽界で出会ったピアニストと、1930年代にはハリウッドのダンサーと、1940年代にはニューヨークのコットンクラブの唯一の黒人アンサンブルだった女性、ルシール・ウィルソンがそれぞれ紹介されていく。全員、素晴らしい声の女優たちだ。晩年のアームストロングはドクターストップがかかっていたにもかかわらず演奏活動を続け、1971年にニューヨークのウォルドーフ・アストリアでの公演を終えた直後、心臓発作で倒れてしまう。そして、そのわずか3か月後には再度の心臓発作によって亡くなった。車椅子の彼を囲む4人の妻が黒衣装で黒い衣装で祈るように歌うメドレーは美しい。中でも、アームストロングを支える経理を担って、彼に安定した生活をもたらしたと言われる最後の妻ルシール・ウィルソンを演じるダーレシア・シアーシーの歌声は心に残る。
アームストロングの子供時代は、この舞台では短い一行で触れられていたが、1901年に貧しい地区で生まれた後、父親が家族を置いて出て行き、母親は一人で彼を育てることができず、13歳で近所のユダヤ人夫婦の配達屋として働くようになった。この夫婦も貧しかったが、彼を家族の一員として受け入れ食事や寝泊まりも世話した。彼はそこで心の安らぎを得たといわれる。最初の楽器コルネットを買うためにお金を貸してくれたのもこの夫婦で、それが彼の人生を大きく変えた。彼は生涯を通じて彼らに感謝し続け、ユダヤ人の象徴であるダビデの星のネックレスを身につけていたと言う。こうした経験が彼の人格形成に影響を与えたのか、大人になってからも事故で脳を患った従兄弟の経済面において助け、他のミュージシャンにもお金を貸したりするなど、親切な人柄だったといわれる。あまり知られていない彼の子供時代の話がもっと描かれるのかと期待していたが、白人夫婦の話は、音楽業界の黒人への厳しい状況を批判するテーマに沿わず不都合だったのかもしれない。
「What a Wonderful World」「When You’re Smiling」、そしてグラミー賞受賞曲「Hello, Dolly!」など、世界的に有名な楽曲が次々と演奏さる。しかし、残念ながら主人公であるアームストロング本人の心情や深掘りがなく、舞台上では影のような存在に感じられるの。その原因は、歴史的なアイコンであるアームストロングを演じるジェームズ・モンロー・アイグルハートにあるわけではない。彼はブロードウェイ『アラジン』のジーニー役でトニー賞を受賞した俳優であり、マーベルコミックで執筆も行う漫画作家としての顔も持つ多才な人物だ。アームストロングの独特な声は、アイグルハートの喉への負担が心配になるほどだが、彼はアームストロングの特徴的な声を見事に再現し、部分的にはトランペットの演奏も自身で行っている。しかし、実在したアイコンだけに、創作者側のアームストロングの人なりについての解釈を入れにくいかったのだろうか。ルイの伝記に出てくる言葉が、時々アイグルハートのナレーションによって話されるが、それ以上は踏み込んでいかない。脚本はオーリン・スクワイヤが執筆したが、演出には3人の名前が連ねられている。共同創案者でもあるクリストファー・レンショーが最初から演出を務めていたのに加え、地方公演でアームストロングの妻の一人を演じたクリスティーナ・サジョスが途中加わった。そして2024年にはアームストロング役を演じるジェームズ・モンローも仲間入りした。ストーリーラインやテーマに課題があったからの選択だったのだろうが、3人もの舵取りがいるのは、それはそれで厳しかっただろうと思われる。単に彼の人生に起こった事柄を忙しく追うだけの、焦点の絞りが弱い作品となっている。とはいえ、振り付けや衣装、演奏も素晴らしいし、歌やタップダンスも世界最高のレベルで、そこは堪能できたことは伝えておきたい。(11/22/2024)
Studio 54
254 West 54th St. Bet Broadway and 8th Avenue.
公演時間:2 時間30 分(15分の休憩一回)
公演期間:2024年11月11日〜2025年2月23日



