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劇場に入って席に着くと、そこには各席にヘッドホン が置いてある。「あれ?」と思っていると、「あなたのヘッドホンが作動していますか?」というアナウンスがある。舞台が始まると、それがヘッドホンで聴く舞台なのだとわかる。舞台の上はというと、そこは殆どカラッポ。真ん中に360度収音マイクが一つ立っていて、先が人の顔に形取られている。後ろには、録音スタジオの様な吸音板が一面に貼ってあり、なんの変哲も無い。
ヘッドホンを被ると、何気なく「携帯電話のスイッチを切ってください」というアナウンスが前説風に始まる。ところが、それはあっという間に、「現実と非現実」、「認識とはなにか」のような難しいテーマになって行く。たった一人の出演者、サイモン・マクバーニーが饒舌に話す一人芝居の始まりだ。「もうひとつの自分から問いかけられる自分」は「自分の声に追いかけるように流れだし」、演じる本人をたたみ込むように攻め立てる。
この芝居は、携帯電話、マイク、音声、効果音が、巧みに小道具になっていて、一見シンプルで純粋芝居的な形を装っているが、実は最新の舞台技術、演出方法を用いている。そのシンクロする音のタイミングは、録音スタジオで編集収録しているかのような正確さで同期している。後ろの吸音板は、照明の効果で劇的に多様な顔に変わる。深いジャングルの中で文明を知らない現地民の中に放り込まれた写真家が、彼の殺害を企む部族の一人によって、トゲがむき出しの茂みに落とされるシーンなど、木など一つもないのに目を背けたくなる。
途中好奇心に駆られ、ヘッドホンを外して実際の劇場の音を聴いてみた。劇場のスピーカーは一切使われておらず、わずか聞こえるのはマクバーニー氏が生でしゃべっている声だけだった。
このような芝居が商業演劇の中で存在するのは、さすがニューヨークの観客層の厚さだ。しかし、ニューヨークには『American Life』や『RadioLab』など音声を工夫してストーリーを語るラジオ番組が多くあり、効果音なども周到に編集され、非常に上手くできている。それを生でやっている点で、この舞台は凄いのだが、ラジオショーの舞台裏を見ている様でもあった。テクノロジーを意のままに生でコントロールしながら熱演するサイモン・マクバーニーの才能には驚くものの、それだけでは感動には繋がらないところが残念だ。
あらすじ
1969年、アマゾンのジャングルに1人で入り2年間戻らなかったナショナルジオグラフィックの写真家がいる。 誰も存在することさえ知らないアマゾンの原住民と出会い、肉体の限界を体験する。 そして、その物語は次第に謎めいてくる。部族の酋長との間に起きる言葉を使わない会話。 過去、現在、未来とは何なのだろう。時間の存在とは? という宇宙的な問いかけに発展していく。
John Golden Theatre
252 W 45th St,
New York, NY 10036
1月8日に閉演予定
尺:1時間50分 (休憩なし)
舞台セット ★★★☆☆
衣装 ★★★☆☆
照明 ★★★★☆
音響効果 ★★★★★
Pictured: Simon McBurney/©Stavros Petropoulos
Pictured: Simon McBurney/©Tristram Kenton
Pictured: Simon McBurney/©Joan Marcus 2016