(リトル・ベア・リッジ通り)
あらすじ&コメント
舞台はロックダウン直後の2020年3月、アメリカ北西部アイダホ州田舎町の外れのサラの家だ。そこに亡くなった父(サラの兄)が残した家と遺産を整理するため、疎遠になっていた甥のイーサンが久しぶりに戻ってきた。 イーサンは30代で作家志望なのだが、人生の行き詰まりを感じて、何も書けない。サラは厳格で口が鋭く、人付き合いを避けて暮らしている看護婦だ。
二人は、不器用な気の配り方をしながらも、一つの家の下でお互いの過去の傷に少しづつ向き合っていく。さらに、物語にはイーサンが出会う青年ジェームス(天文学専攻の大学院生)が加わり、その関係に新たな光が差し込む瞬間も描かれる。
劇的なシーンはないのに静かなユーモアとリアリズム に溢れるハンターの脚本で、95分間集中力がブレない。そして、叔母を演じるローリーの圧倒的な演技が、話題を呼んでいる。
ローリー・メトカーフ(70歳)は、ブロードウェイでは『人形の家 Part 2』『三人の背の高い女たち』でトニー賞を受賞しており、他にもエミー賞を4回受賞しているだけでなく、映画『レディ・バード』でもアカデミー賞助演女優賞にもノミネートされており、舞台・映像の双方で卓越した実績を誇る俳優である。
甥のイーサン役を演じるマイカ・ストック(42歳)は、ブロードウェイの戯曲『ザ・イヤーズ(The Years)』でトニー賞ノミネート、テレビドラマ『メディア王〜華麗なる一族〜(Succession)』でエミー賞ノミネートされている。 両親に虐待されて育ち、子供時代を喪失し、人との距離の取り方が下手でぎこちない男を、ストックは非常にそれらしく上手く演じている。
演出家のジョー・マンテロはトニー賞2回受賞しており、ローリーとのタッグは7回目だ。舞台セットは、一つのソファが置かれただけのミニマルなもので、登場人物の感情や会話が際立つよう、シーンによってそのソファーの向きが変わるだけになっている。
彼女は、1970年代にシカゴのステッペンウルフ劇場の劇団創設期を支えた中心俳優の一人として活動し、劇団の名声の確立に大きく貢献した。その後はニューヨークおよびロサンゼルスへと活動の場を広げ、映画やテレビにも継続的に出演しながら、舞台俳優としての軸足を失うことなくキャリアを重ねてきた。彼女がトニー賞でノミネートを受けたブロードウェイの戯曲『オーガスト:オセージ・カウンティ(August: Osage County)』(2007年)は、ステッペンウルフ劇場発の代表作となった。毒とユーモアを交えて赤裸々に描いた現代悲劇だが、その中で崩壊寸前の実家に戻ってきた中年女性を演じたローリーが、記憶に今も強く残っている。
ステッピングウルフ劇場は派手な物語性よりも役柄の関係性と心理の応酬を重視するアンサンブル演劇*を核として、「家族」というテーマを最も有効な題材として扱ってきた。本作『リトル・ベア・リッジ通り』も、『オーガスト:オセージ・カウンティ』と同じ系譜に位置づけられる作品である。舞台装置や物語のスケールこそ異なるものの、中心に据えられているのは、血縁や長年の関係によって縛られた人間同士が、逃れられない対話を強いられる状況だ。沈黙や言い淀み、語られない過去が、俳優たちの身体や呼吸を通して浮かび上がってくる。 沈黙や言い淀み、間、視線の交錯といった最小限の演劇的要素によって、人物の内面と関係性の変化を浮かび上がらせる作品である。その中心に立つローリー・メトカーフの存在感は圧倒的で、彼女が積み重ねてきたステッペンウルフ劇場との歴史や家族劇という系譜が、そのまま舞台上に結晶されいる。
自分らしく生きるために長年の孤独を受け入れ、覚悟を決めてきたサラ。そして、失われた子供時代の傷を抱えながらも、最終的には他者に依存せず生きようとするイーサン。最後のシーンでは、意味のある人生を生きようとする二人の勇気とプライドが、悲しい仲にも深い余韻を残しながら希望を与えてくれる。
あらすじ(ネタバレ)
頑固で毒舌な叔母サラは、ゲイの甥イーサンをシアトルから迎える。イーサンは古書店に勤めながら小説家を目指していたが、亡くなった父(サラの弟)の家と遺産を処理するため、故郷のアイダホに戻ってきたのだった。
最初二人は、COVID-19下でマスク越しに距離を保ちながら交わされる、言葉少なでぎこちない叔母と甥のやり取りから始まる。
家が売却されてから1年が経っても、イーサンは叔母のもとに留まり、小説を書き始めることができずにいた。イーサンは子供時代、両親から虐待を受けていた。父は薬物依存に陥っており、逃げ場を求めて叔母サラに助けを求めたが、当時のサラはそれに応えなかった。両親にも、そして最後の望みの綱としていたサラにも受け入れてもらえなかったイーサンは、その深い傷を抱えたまま大人になっていた。しかし、次第に二人はソファに並んで座り、テレビを見ながらたわいない会話を交わす関係へと変化していく。
ある日、天文学分野で博士号を取得したジェームスという男性とゲイバーで出会い、交際を始める。だが、卒業後すぐにシカゴで新しい仕事を得たジェームスは、一緒に移り住もうとイーサンを誘うものの、イーサンは重い癌を患うサラを残していく決心がつかない。新しい人生へ踏み出す勇気のない彼は、サラの病を言い訳に、その一歩を避けていた。そのことをサラは見抜き、イーサンに「私の病気を利用するな! とっとと家から出て行ってしまえ!」と強く言い放つ。
場面は変わり、病状が進行してほとんど動けなくなったサラは、ソファに横たわりながら通いの看護師に痛み止めを注射されている。彼女もジェームスも、イーサンが今どこにいるのかを知らない。しかしサラの手元には、彼が初めて書き下ろした小説の原稿が届いている。サラはそれを何度も読み返すのだった。苦しい孤独の中で出来上がった依存関係を切り離してそれぞれが自立することで、初めて二人は深く結びつく。 悲しみの中にも救いを宿した物語だ。(11/24/2025)
*「アンサンブル演劇」とは、長期的に同じ俳優たちが劇場に所属する形で関わり、共通の演劇言語や呼吸を共有しながら作品を創作する体制そのものを指す。長期にわたるリハーサルを通じ、阿吽の呼吸で演じることを重視している。
Booth Theatre
222 West 45th Street, New York
上演時間:95分(休憩なし)
公演期間:2025年10月30日〜2026年2月15日(限定公演)




