(アート)
あらすじ&コメント
本作品は、1994年にパリで初演されて以来、世界150都市以上で上演され続けている普遍性を誇る、100分ノンストップの会話劇である。
25年来の友人である男性3人のうちの一人りが、明日現代アートを約5千万円で購入したことをきっかけに、その価値について口論が勃発する。その絵はキャンバス一面が真っ白なだけに見える為、議論は芸術論から人生観へ、さらには互いの本音へと発展し、次第にエゴが激しくぶつかり合っていく。
芸術の価値判断そのもの以上に、長年の友情に潜む権力関係や自尊心、妥協と本音のズレが露わになっていく点が本作の面白さだ。理性的であるはずの大人は、本当に理性的でいられるのか。友情は率直さによって保たれるのか、それとも壊れてしまうのか。そうした問いが鋭く提示される作品である。
演出は、ブロードウェイで『The 39 Steps』『Noises Off』『On the Twentieth Century』などを手がけたスコット・エリス。テンポ感の良さが際立つ演出となっている。
本作はミュージカルではないが、カントリー/フォーク寄りのロックの曲が、開演前や場面転換時に流れる。今回のリバイバルの為に新たに英国のソングライター、キッド・ハープーンが作曲しており、近年の戯曲で多用されがちなアンビエンス系の音響とは違う。そのアコースティック感の強い、どこか素朴で人懐っこい響きが印象に残る音楽は知的で攻撃的になりがちな会話劇を、人間的で日常的な距離感へと引き戻す役割を果たしてくれる。
脚本家ヤスミナ・レザ(66歳)はフランス国籍で、イラン系ユダヤ人の父とハンガリー系ユダヤ人の母を持つ女性作家である。人間関係に潜む緊張や価値観の衝突を、鋭い観察眼とウィットに富んだ会話劇として描く作風で知られ、本作と並ぶ代表作『God of Carnage(おとなは、かく戦えり)』(2009年)もトニー賞最優秀戯曲賞を受賞している。こちらは、子どもの喧嘩をきっかけに集まった二組の親が、当初は理性的な話し合いを装いながら、次第に大人の仮面を剥がし、徹底的に争っていくブラック・コメディである。ジェフ・ダニエルズの演技も素晴らしく、最初から最後まで大いに笑わせられた記憶があるため、今回の『ART』にも大きな期待を寄せて劇場に向かった。
では『ART』に戻り、話題のキャスト陣を簡単に紹介したい。
ニール・パトリック・ハリスは、現代アート愛好家で5千万円ほどもする高価な絵を購入したセルジュを演じる。 ニールは、『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』でトニー賞を受賞し、トニー賞授賞式の司会を4度も務めたという実績を持つ実力派俳優である。ゲイの彼はスムーズでクールな佇まいと、すらりとした体型は舞台上でも際立っており、「八頭身とはこういう人を指すのだろう」と感心してしまう。
ボビー・カナヴェイルはセルジュが購入したモダンアートの絵の価値を認められずに嘲笑するマルクを演じる。『アントマン』シリーズや『ブルージャスミン』(2013)などで日本でも良く知られている男優が、舞台では『グレンギャリー・グレン・ロス』などにも出演しており、高い評価を受けている。
ジェームズ・コーデンは、二人の間で板挟みになり苦悩する、優柔不断な調停者タイプのイヴァン役を演じる。ゴーデン戯曲『ワン・マン、ツー・ガヴナーズ』(意訳:一人の男、二人の主人)でトニー賞受賞歴を持ち、アメリカのテレビでレイトナイト・トークショーの司会者もしていたこともあり、人気の高いイギリス男優である。エネルギッシュで丸みのある体型も相まって、舞台上ではユーモラスな存在感を放っている。
本作では、彼が約4分半にわたって一気に話し続ける独白シーンがある。途中で止まることが許されない構成が大きなプレッシャーだったようで、本人は「これまで舞台で経験した中でも、最も恐ろしい挑戦だった」とインタビューで語っている。その切迫感は舞台上でもはっきりと伝わり、イヴァンという人物の追い詰められた心理を強く印象づけていた。
今回、実際に舞台で使用された4枚のキャンバスをオークションにかけ、その収益をBroadway Cares / Equity Fights AIDS(ブロードウェイ・ケアーズ。HIV/エイズや重い病気と闘う人々を支援する非営利団体)に寄付するという企画も話題となっている。この3人が共演するという点に惹かれてチケットを購入した観客も多かったのではないだろう。実際、3人の演技力はいずれも卓越しており、彼らを生身で観られること自体に一定の満足感はある。しかし、登場人物が3人のみという極めてシンプルな構成であるがゆえに、舞台上では俳優同士の阿吽の呼吸が極めて重要になる。が、実際の舞台からは、長年の友人同士という設定から想像されるような、馴れ合った関係ならではの自然な空気感が、必ずしも十分に立ち上がっているとは言い難い。テレビなどのインタビューを見る限りでは、互いを「いい奴」と評し合い、冗談を交わす様子から、実際の関係性は良好に見える。だが、これほど多忙な人気俳優3人が顔を揃える公演では、十分なリハーサル時間を確保することが難しかった可能性も考えられる。ブロードウェイはもともと制作コストが高く、リハーサル期間が短くなりがちな環境にあることも、その一因だろう。(12/02/2025)
Music Box Theatre
239 West 45th Street, New York
上演時間:約100分(休憩なし)
公演期間:2025年9月16日〜2025年12月21日(限定16週間)



