Archduke
大公
Archduke大公

1914年のサラエボ事件――第一次世界大戦の引き金となった大公暗殺を、風刺とブラックユーモアで再解釈した戯曲である。2017年の世界初演から、その鋭い筆致と不穏な笑いが高い評価を受けてきたが、2025年のオフ・ブロードウェイのリバイバルでは、さらに現代の若者疎外とポピュリズムの危険を鋭く映し出している。

トニー賞ノミネート俳優のパトリック・ペイジ (Patrick Page) と、クリスティン・ニールセン (Kristine Nielsen)の演技が、舞台全体に深みと重さを与えている。

あらすじ&コメント

舞台装置のアレクサンダー・ドッジ (Alexander Dodge) は、荒廃したバルカン地域を最小限のセットで鮮烈に立ち上げ、観客を一気に作品世界へ引き込む。結核で余命わずかな貧しいセルビアの若者3人―ガブリロ、ネデリョコ、トリフコ――が秘密結社ブラックハンドにスカウトされる。

二幕で。舞台は一変し、目の前には、照明が明るく当たる中、豪華に二匹の豚の丸焼きと大量の食料が置かれた饗宴の場が広がる。そこに連れてこられた若者たちは、食べ物にむさぼりつく。ブラックハンドの指導者アピス大尉は彼らにセルビアの統一についてトクトクと語り始め、彼の使用人のスラジアナもジョインする。そのユーモラスな会話とジェスチャーで、観客は笑いに包まれる。

しかし若者たちが、アピスの語るブラックハンドの理想を語り始めて、若者の心の渇望を揺さぶっていくあたりから、舞台は不条理劇的な気配を強めていき、不気味な空気が忍び寄ってくる。

アピスは「大公暗殺」という犯罪に「栄光の使命」と言う名義を与え、余命の短い若者を操るのだった。そして彼らに銃と爆弾を渡し、X X Xへの旅に送り出す。新品のスーツ、初めて乗る電車、知らない都市、美しい女性への想像――3人は高揚して興奮しながらも、自分たちは「大公暗殺」という目的を手放してはいけないとお互いに叱咤する。その乖離が、痛切で、哀れで、そしてどこか滑稽である。

特に秀逸なのが、電車内での「暗殺計画」の会話だ。「こうしよう」「いや、こうだ」――と語るうちに現在形が過去形に変化する。舞台は電車の中なのに、サラエボの街角が目の前に感じられ、歴史が「演じられ」始める。極めて演劇的な瞬間である。芝居好きなら必見だろう。

パトリック・ペイジのアピスは、カリスマと残酷さ、そしてコミカルさを併せ持ち、観客を笑わせながら背筋を凍らせる。まさに本作のハイライトだ。架空の使用人スラジアナを演じるクリスティン・ニールセンは、母性と狂気の狭間で揺れ、気味悪さを醸し出す。彼女の皮肉とタイミングが作品のブラックユーモアに不可欠な不気味さを残してくれる。この2人の存在が、無計画な暗殺の歴史に息を吹き込み、恐怖を肌で感じさせる。

若者3人を演じるジェイク・バーン、エイドリアン・ロレ、ジェイソン・サンチェスは、全員今回がオフ・ブロードウェイへのデビュー作で、まだまだ伸び代はある演技だが、若い彼らの無力さと衝動の危うさを体現している。

一方、創作チームはベテラン揃い。演出はダルコ・トレスニャク (Darko Tresnjak)は、トニー賞およびオビー賞受賞演出家である。代表作として知られる 『紳士のための愛と殺人の手引き』 における痛快なテンポ感をここでも継承しつつ、今回はより不条理と薄氷の空気を全面に押し出している。

衣装はリンダ・チョー (Linda Cho)もトニー賞2度の受賞者で、近年の 『華麗なるギャツビー』 での洗練された造形美にも通じている。

脚本はラジーヴ・ジョセフ (Rajiv Joseph)。2017年、本作はロサンゼルスのセンター・シアター・グループ創立50周年記念委嘱作として、ラジーヴ・ジョセフ(ピューリッツァー賞最終候補 者)に執筆を依頼した。第一次世界大戦開戦100周年(1914〜2018)を背景に、「若者の絶望と空虚さが、いかに歴史的悲劇を招きうるか」という視点を重ね合わせた作品を創作した。初演でも、パトリック・ペイジがアピスを演じ、その圧倒的な存在感が高く評価された。

そして2025年、ラウンドアバウト・シアター・カンパニーが本作をニューヨークで初演することを決定した。歴史的事件を描きながら、現代のポピュリズムや若者疎外とも響き合う作品として、新たな文脈をもって再び観客の前に立ち上がることになる。

「操られる若者」の視点から過去を描き、今日のテロリズムとポピュリズムの構造を照らし出している。ジョセフは語る。「歴史は常に不条理だ。笑いは、それに向き合うための方法である」。 1600万〜2000万人の死をもたらした大戦の裏には、愛情や信頼、そして生きる意味に飢えた若者が、いかに容易く殺害行動に扇動されるかという残酷な現実がある。今日、アメリカでは若者を中心に「政治的暴力を理論上容認する」と回答する層が10〜20%に達している。だからこそ、まさに今、この作品を観る必要があるだろう。

*ブラックハンド:セルビアの秘密結社:「統一か死か」と言うモットーを持ち、大セルビア国家の統一実現を目的に、オーストリア=ハンガリー帝国に対する破壊工作を行っていたテロリスト・グループ。(11/07/2025)

Laura Pels Theatre
(Roundabout Theatre Company / Harold and Miriam Steinberg Center for Theatre)
111 West 46th Street, New York, NY 10036
上演時間:120分(休憩1回含む)
公演期間:2025年11月12日〜12月21日

舞台セット:8
衣装:8
照明:9
キャスティング:9
総合:9
@ Joan Marcus
@ Joan Marcus
@ Joan Marcus
@ Joan Marcus

Lost Password