私をイジーと呼んで
本作の脚本を手がけたのはジェイミー・ワックス。彼は俳優、コメディアン、そしてジャーナリストとしても幅広く活躍してきた人物だ。TVネットワークのCBSではアーツ&カルチャー関連のジャーナリストとして10年以上にわたって外部寄稿者(コントリビューター)として参加している。 ”Call Me Izzy” は、彼の初めての舞台戯曲であり、ブロードウェイでのデビュー作だ。彼は、物語の中心キャラクター「イジー」をジャン・スマートに演じてもらえるよう、キャスティング・ディレクター(配役責任者)に頼み込んだという。
女優ジャン・スマートは73歳だが、イジーはおよそ50歳前後の女性として描かれ、彼女が昔を思い起こしながらストーリーは進んでいく。イジーは17歳という、まだ何もわかっていない若さで今の夫と結婚し、その後、数十年以上その虐待を受け続けてきた。彼女が夫の目から隠れて、自分の詩を便器の蓋の上でトイレットペーパーに書き続ける姿は痛々しい。ワックスは、彼女が非人道的な扱いをされながらも、言葉が人間の尊厳を保つ手段となりうることを示そうとしたのだろう。ある日、長年誰にも読まれずに書き溜めていた詩がコンテストに入選する。外の世界に自分の言葉が出たことで、自分自身の存在が初めて肯定された感覚を得たイジーは、やがて夫の元から去る決心をする。
スマートは、繊細ながらもユーモアを兼ね備えた演技で観客を引き込み、一人芝居という難易度の高い形式にも関わらず、夫、隣人、短大の教授などの役もこなして、観客の集中を切らすことなく語り続ける。現在、HBOの人気ドラマ『Hacks』で個性的な主役デボラ・ヴァンスを演じ、エミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど、幅広いファンを獲得している。日本では2025年7月の時点で、このドラマはまだ放送されていないが、アメリカでは第4シーズンまで既に放送され、来年のシーズンの更新も決まっている。そこで、ブロードウェイの舞台は、7月28日に千秋楽を迎える限定公演となるので、彼女の舞台を一目見ようと『Hacks』のファンが劇場に詰めかけている。テレビでの知名度が集客に直結しており、プロデューサーもテレビ視聴者層が劇場に足を運ぶことで話題性と動員力を高めることを狙ったと考えられる。
演出は『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』で知られるサーナ・ラピネが担当している。そして舞台装置は鈴木マキコ・マカダムスという日本の神戸出身で、1993年に渡米し、2003年以降ニューヨークを拠点に活動している舞台美術家だ。本作品は、彼女のブロードウェイでの舞台装置責任者としてのデビュー作品となる。ルイジアナ州の湿地帯の木々を表すプロジェクションと可動パネルを用いて、ドナルド・ホルダーによる照明も手伝って、イジーの閉塞感に満ちた内面世界が視覚的に表現されている。
この脚本は批評家の間でも賛否が分かれており、工夫の余地があるのだろう。奨学金を出して彼女を支援するカップルの夫までが、実は精神的なDVを妻に加えていたというのも、都合が良すぎる感じがある。また、誰もがイジーの詩を一度読むだけで、その才能に驚き、即座に彼女を支援しようとするのも、シンプル過ぎる気がある。とはいえ『Call Me Izzy』は、舞台としての完成度には課題を残しながらも、ジャン・スマートの演技によって一見の価値のある熱演が際立つ作品となっているのは確かだろう。
最後に、これは作品とは直接関係ないが、夏のニューヨークで劇場に行かれる方に一つお伝えしたい。アメリカでは冷房の設定温度が日本よりもかなり低いことが多く、劇場も例外ではない。この日、ジャン・スマートの大ファンである友人を連れて行ったのだが、私たちの席には冷房の風が絶え間なく当たり続け、2人共に骨の芯まで冷え切ってしまった。この晩、終演後にはワックス氏やプロデューサーと思われる方、そして主催者側の関係者ら数人が登壇し、トークイベントも行われたのだが、あまりの寒さに耐えられず、途中で劇場を後にすることとなった。せっかくのニューヨーク滞在中に夏風邪などひかぬよう、観劇の際には何か羽織れるものを持参されることをおすすめしたい。(6/26/2025)
Studio 54
254 West 54th Street, New York, NY 10019
上演時間:1時間40分(休憩なし)
公演期間:2025年6月13日〜7月28日(限定公演)



