コスト オブ リビング
あらすじ&コメント
ついに諦めたエディは席を立ち、ドアを開けて吹雪の夜に向かって歩きはじめる。そのとき盆舞台が回り始め、エディの姿は、シルエットになって徐々に見えなくなっていく。一方上手からは、傘をさした女性が出てくる。彼女は傘を畳み、高級マンションへと入っていく。どうやら彼女は個人的な介護の採用面接に来たようだ。彼女が語るところによれば、プリンストン大学を卒業したばかりなのに就職はしておらず、バーで働きながら生活費を稼いでいると言う。また母国にいる病気の母に仕送りをしているらしい。彼女は今までいろんな面接で、自分の話しをしてはトラブルに巻き込まれていたので、最低限の事しか話さないつもりだ、とも言っている。はたして本当にプリンストン大学を卒業しているのか、疑わしい雰囲気が漂っている。
一方、面接後に雇い主となるジョンは、ハーバード大学を卒業後、プリンストン大学で博士課程を学んでいる。時には学生達に授業も教える秀才だ。しかし彼は脳性麻痺で手足が不自由で、車椅子の上で時折、体が痙攣を起こしたりする。家族が相当裕福なのであろう彼は、高級マンションで暮らしながら世話係としてジェスを雇おうとしていた。面接を受けに来たジェシーに対して、上目目線で皮肉に満ちた冗談を鋭く放つ。しかしそんなジョンの面接に耐えてジェシーは、彼の世話役として雇われる。
舞台は回り、時間が過去に遡る。エディが亡くなる前の妻アニのアパートに入っていく。エディはある若い女性と暮らすため何カ月も前に家を出て行っていた。しかしその後アニは、自分の不注意から大きな交通事故に遭って両腕が麻痺。両足も切断されて、わずかに神経が残る右手の指先で車椅子を操っている。一度去って行ったのに、突然自分の世話をしたいとやって来たエディに最初は驚き、鋭い皮肉と批判を浴びせ続けるアニだった。しかし罵倒を受けながらも明るくユーモラスたっぷりのエディの冗談に、つい笑ってしまう。2人には楽しい時代もあったのだ。仕事のないエディは、介護用にアニが政府からもらう小切手は役に立つし、若い女性と別れた彼は、なによりアニと時間を過ごしたかったのだ。
何度か盆舞台は回り、二組の男女の過去が各々別に、断片的に描かれる。
アニは徐々にエディに心を開き、入浴を手伝ってもらったりする。他方ジェシーも、毎朝ジョンの体を洗ったり下の世話をするうちに、全てを委ねるジョンをいじらしいと思うようになる。体の不自由な相手をシャワーやお風呂に入れるセクシュアルなシーンも、ディレクターのジョー・バニイによって品良く描かれている。ジョンの高級マンションとアニの貧相なアパートで繰り広げられるこの二人組のストーリーは、最後まで交わることなく終わるのかと思いきや、最終盤で重なり幕は閉じる。
脚本家は数年前ピューリツァー賞を受賞したマルティナ・マジョック。ジョンを演じるグレック・モズガラは、実際に脳性麻痺を患っており、アニを演ずるケイティ・サリバンも両足がない。現実の社会では、突然起こる苦痛や深い寂しさに耐えて人は生きている。たとえ五体満足でも、人は独りで生きていけない。しかし誰かと共に生きると言うことは、同時に裏切りや誤解で傷ついたり、その人を失う深い悲しみというリスクを抱えることにもなる。他人と生きるとはそういうことだ。それでも人は人を求め続ける性(さが)を持って生きている様が、この4人を通して描かれている。
<ストーリー、ネタバレ>
ある日ジョンはジェシーも「金曜日の夜、来てくれないか」と訊く。ジョンのそのシャイな様子に、ジェシーはきっと自分をデイトに誘っているのだと思う。金曜日はバーでの仕事の稼ぎ時だったが、ジェシーは「イエス」と答える。そして金曜日になる。ドレスにハイヒールで着飾り、アパートを訪れる。だが出迎えたジョンは、ジェシーの姿を褒めながら「急いでシャワーと髭をそって欲しい。8時に彼女に逢うんだ。」と言う。ジェシーは気付く。ジョンは他の女性とのデートのために、シャワーを浴びたかったのだと。戸惑ったジェシーは、ジョンがデートに出た後、数時間、アパートに残ってもいいかと尋ねる。しかしジョンは、彼女がアパートに1人残ることを嫌がる。なぜ駄目なの、と問い続ける彼女にジョンは伝える。一度彼のアパートから石鹸を持ち出したことに気付いていたと。ジェシーは驚き「石鹸は返すから」と言うが、ジョンはシャワー室へと行ってしまう。恥じる気持ちでいっぱいになったジェシーは、コートを羽織ってアパートを出て行く。もう外は雪になっていた。
場面が変わり、エディーが自宅アパートに戻ってくる。その後ろには女性がいる。エディーは亡くなった妻に会おうと思って行ったバーからの帰り、つまり最初のシーンからの帰り道で、車の中にちぢこまっている女性を見つける。寒い雪の中、車で一晩を過ごしたら凍え死ぬことがあるのを知るエディーは、その女性を説得してアパートに連れて来る。その女性とはそう、ジェシーだ。いつもなら夜遅くまでバーで働くので車中で夜を過ごすことはないが、ジョンのアパートを飛び出てきて、行く当てがなかったのだ。つまり彼女はホームレスだった。ジョンがデートから帰るまで、アパートに居させて欲しいと頼んだのも、底冷えのするニューヨークで夜を明かすのが不安だったからだ。
しかしエディーに付いて来たものの、ジェシーは見知らぬ彼を警戒してドアから中には入ってこない。ずっと寂しかったエディは、「変なことはしない。ここで世を明かせば良い。ここに住んだっていいんだよ。」と言って、そこにあったピザを彼女に渡す。彼は亡くなった妻のことを少し話して、遺品のショールをジェシーに渡す。しかしジェシーは、ピザを返して立ち去ってしまう。エディは伽藍とした部屋に一人立ち尽くす。だがしばらくしてジェシーが魔法瓶を手に戻って来る。「車からコーヒーを持ってきた。でも冷たいよ」と言う。そして部屋に入ってくる。エディは「ピザも冷たい」と答え、暗幕。
10/07/2022
Samuel J. Friedman Theatre
261 West 47th Street
公演時間:1時間50分(休憩なし)
公演期間:2022年10月3日〜11月6日