映画『ファミリー・ゲーム/双子の天使』は、エーリッヒ・ケストナーによる児童文学『ふたりのロッテ』を原作とし、それと同時に1961年の映画『罠にかかったパパとママ』をリメイクしたという、ふたつのスタンスをもつ。
サマーキャンプで奇跡的な再会を果たす離ればなれになっていた双子の姉妹の絆を軸とした家族再生の物語が描かれ、1998年という時代設定が原作映画同様に今回の舞台版でも重要となる。
幼い頃に離婚した両親を持つ赤毛の双子姉妹のハリーはカリフォルニアで父親に育てられ、もう一方のアニーはロンドンの母親に引き取られていた。
そんな姉妹が11歳になった夏に同じサマーキャンプに参加し、互いの素性を知り意気投合、両親を復縁させる計画を実行するという内容だ。
サマーキャンプの終わりとともに姉妹は入れ替わることを決め、ハリーはイギリス英語を学び母親のもとへ、アニーは父親とともに過ごすことにする。
ところが、父親に強欲な婚約者ができてしまったことから、結婚を阻止するために姉妹で奔走するという流れだ。
今回の舞台版は、父母が復縁して家族が一緒になるまでのほのぼのとしたファミリードラマを映画と同じように描くことを目的としていない。
原作映画を品格を欠いた突っ込みどころ満載のコメディに焼き直して、原作映画を知る人々を笑わせることに徹しているのである。
戯曲の台本の表紙にある作品名の下に、以下のような取り消し線が引いてある複数の副題が残されていることからも、その方向性は明確。
“舞台版『ファミリー・ゲーム/双子の天使』”
“『ファミリー・ゲーム/双子の天使』のような作品”
“1998年のナンシー・マイヤーズ監督作品の乱暴な解釈”
この副題から、同戯曲はあくまでも非公式のパロディ作品であり、コメディに徹するという劇作家の意志が汲み取れるのだ。
作品のタイトルを敢えてイギリス風に“赤毛の双子”という意の『ジンジャー・ツインジーズ』とし、元ネタが映画『ファミリー・ゲーム/双子の天使』にあることを示すという遊び心にも納得がいく。
一方、舞台の冒頭で双子の姉妹がサマーキャンプに到着する際、同作品は厳格なポリコレが問われなかった1998年の物語であることが台詞で強調される。
つまり人種や性別などについて、現代では不適切と捉えられかねないきわどい描写が含まれると予め宣言しているのだ。
大柄な大人の俳優が双子の姉妹に扮し、ハリー役に黒人女性、アニー役に白人男性が抜擢されたのは、単に多様性やカラーブラインドを考慮してのキャスティングではない。
この意図的な配役さえ作品の売りのひとつで、笑いを誘っていく。
白人のアニーがブラックフェイスで黒人のハリーに成りすますという案が双子の間で浮上する悪ふざけのようなくだりさえ、見事に笑いに仕立てるのがその一例。
イギリスの母親のもとに行ったハリーがアニーではないと見破られる際も、理由は肌の色が異なったからだと平然と言ってのけてジョークに変わるのだ。
終始、放送禁止用語がふんだんに使われ、原作映画を風刺しながらまるでコントのように進行していくのがこの作品の醍醐味となる。
父親が娘のことを女児には不適切な愛称で呼び、愛情表現で口に直接キスをしようとするなど、敢えて低俗な描写がふんだんに盛り込まれていく。
また舞台美術も、意図的に学芸会のように段ボールでつくられたかのような手作り感が満載で、一貫した方向性にブレがない。
ところで同舞台が人気を博すこととなった要因は、原作映画をディズニーが制作したということにある。
原作映画が同社の専門チャンネルなどを通して繰り返し再放送されたことにより、それを見て影響を受けながら育ったジェネレーションが誕生することとなった。
彼らがノスタルジーを感じる想い出の映画のパロディとして、挙って興味を示した結果となる。
つまり同作品の顧客となったのは、ミレニアル世代の比較的に年齢層の低い男女。
劇中、カリフォルニアとロンドンにいる姉妹が連絡を取り合う方法が『ハリー・ポッター』の“フクロウ便”だというのもターゲットが彼らに定まっているからで、数々のB級ホラー映画のパロディもしかりだ。
笑いに特化し上演時間が幕間なしの80分のドタバタ劇という点も含め、ブロードウェイで高い人気を誇る喜劇『オー、メアリー!』を彷彿とさせる『ジンジャー・ツインジーズ』。
2024年に『オー、メアリー!』が大ヒットした際、多くのメディアが“世間で暗い話題ばかりが目立つ中ではコメディと笑いが必要”などと、その成功の要因を分析していたのは記憶に新しい。
社会人になって久しいミレニアル世代たちに『ジンジャー・ツインジーズ』が好評なのも、同様の理由があるのではないかと考えると納得がいく。(8/1/2025)