Height of the storm, The ハイツ・オブ・ザ・ストーム

Height of the storm, The
ハイツ・オブ・ザ・ストーム

演劇 ブロードウェイ
Height of the storm, The
ハイツ・オブ・ザ・ストーム
Height of the storm, The ハイツ・オブ・ザ・ストーム

脚本家フロリアン・ゼレールは謎めいた作風で知られているが、この作品も例外ではない。

あらすじ&コメント

舞台はフランスの郊外。前日嵐が去ったばかりの静かな朝に、老人が台所に独り立って、家の高い天井まで続く窓から日の注ぐ外の木々を見つめている。奥左手には書斎が見え、高い天井まで壁いっぱいに伸びる本棚が見える。右にはその照明によって玄関に繋がっているであろうと思われる廊下の途中までが見える。立体的な舞台セットだ。老人の娘アナがその廊下から入ってくる。彼女は一時戻ってきたこの家の屋根裏で、父アンドレの未発表の作品の整理をし 、彼の昔の日記を発見したのだった。しかしその量があまりに多いので、あれを公表してもいいかと父親に相談をする。が、彼は彼女の問いには答えず、ビスケットの話をする。アンドレはかなり有名な作家だったが、今では痴呆症を患っている様だ。家には滅多に来ない妹も珍しく訪れている。新しく出来た不動産業を営なむ恋人も一緒だ。姉妹の会話から両親のどちらかが最近死んだらしい。母親が亡くなったのかと観客は思う。しかし、その母親が家に帰ってくる。彼女は市場にキノコを買いに行っていたのだ。娘は父親の痴呆症の酷さに、慰める母親の胸に頭を埋めて嗚咽する。観客は、どちらかの親が死んでいたのではなかったのか?と思う。母親は市場で夫アンドレを昔から知っているという女性に出会った話をする。夫の昔について知りたがっている妻は、その女性に、お茶でも飲みに来るように家に誘ったと言う。50年以上連れ添った夫婦だったが、結婚する前の事をアンドレは全く話してくれないのだ。しかしアンドレはそんな女性は知らないと言い張り、彼女に会うことを強く拒んで、次第には声高々と怒り出す。
娘ら二人は、親を一人でここに残すことはできないので、家を売って老人ホームに入所させようと考えていた。親の一人は幽霊なのに、娘には見えているのか?と思っているうちに、母親が市場で会ったという女性が家に来た。中年なのだが中々の色気だ。彼女はアンドレとその家族の前で、彼との昔の不倫とその時出来た息子がいることを、やんわりと仄めかすのだった。父親の手は震える。

父親のアンドレ役はジョナサン・プライス。現在72歳。オリジナルの『ミス・サイゴン』でトニー賞のミュージカル主演男優賞を受けている。最近の代表作は、映画『天才作家の妻 -40年目の真実-』で、グレン・クローズと共演し、彼女の夫役を演じた。見事に痴呆症で自身を失う恐怖や人の孤独を表現している。

妻のマデリーン役のアイリーン・アトキンスはローレンス・オリヴィエ賞を3回受賞しており、シェークスピアもこなす女優だが、映画やテレビでも活躍している彼女を見たこともある人は多いだろう。クリエーティブに富んだ作家の夫をサポートしながら、物事を現実的に処理して、上品に歳を取った女性を巧みに演じている。発声は舞台俳優そのものでしっかりしていて85歳とは思えない。ミュージカルは楽器の演奏もあるので、俳優らは皆マイクをつけて歌うが、演劇ではマイクは使わない。あの歳で650席の劇場にその声が届くのだから素晴らしい。

この作品は、この二人の円熟した静かで凄みのある演技によって、見応えのある作品になっている。というのも80分という短い演劇だったが、観客はその3分の2くらいまで、両親のどちらが死んでいるのか、それとも死んでいないのか、あれは幽霊なのか、という疑問に悩まされる。このミステリー・サスペンスを 効果的に綴る照明やセリフの運びは見事だと思う。しかし一方で、痴呆症の親を持った娘の寂しさ、伴侶を失った老人の孤独も語っている。80分という短い尺の中で、ストーリーの展開や謎解きが主点になるその作風と、深く掘り下げられるべき孤独という心理的なテーマは、お互いの魅力を奪い合う。心理を掘り下げるなら、一体どちらが死んでいる?という謎は、観客の集中力を無駄に散らすだけだ。同様に、ミステリー・サスペンスならばストーリー展開をもっと楽しませてもらいたい。脚本家ゼレールが人間の孤独をどれほど真剣に受け止めているのかも疑問になってくる。彼は実はそうやって、観客の気持ちを弄ぶのを楽しんでいるのかもしれないとも思った。確かに、650席に座る観客全員が、頭の中いっぱいに疑問符を抱え、休憩もないので隣の人にも尋ねるわけにも行かず、そのままじっとしてる・・というのも何やら滑稽で面白い。実際に最後まで、どちらが死んていたのかわからないままの人もいた。

しかし、忙しい日々を過ごすニューヨーカーには、こういう遊びは合わないのだろう。時間の無駄と言う劇評家も少なくなかった。
私としてはもう一作品、ゼレールがフランス演劇賞最高位のモリエール賞作品を受けたという戯曲『Le Père 父』を観てみたいと思う。

<ネタバレ>母親はある日、庭の小さい野菜農園で倒れて死んだ。痴呆症で妻との生活が全てだったアンドレは、妻の死という現実を受け入れられず妻の幻想を持ち続けている。マーケットで妻が出会ってお茶に来た女性も、その彼の幻想の一つだったのだ。母親と娘の会話や、謎を秘めた女性の 訪問も、全て彼の頭の中で起きていたものだった。壊れた生活のリズムによって、否応無しに 痴呆症は酷くなっていく。しかし、そんなの中でも、頭がはっきりとする一瞬がある。そして、その一瞬の時に、アンドレは、深い海に溺れていく様な孤独感に襲われるのだった。
9/28/2019
公演期間:9/5/2019~12/8/2019

Manhattan Theatre Club
Samuel J. Friedman Theatre
261 West 47th Street

公演時間:90分(休憩なし)

舞台セット:9
衣装:7
照明:9
総合:8
Photo by Joan Marcus
Photo by Joan Marcus
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