Jeff Ross: Take a Banana for a Rideジェフ・ロス:バナナを持っておいで

Jeff Ross: Take a Banana for a Ride
ジェフ・ロス:バナナを持っておいで

演劇 ブロードウェイ
Jeff Ross: Take a Banana for a Ride
ジェフ・ロス:バナナを持っておいで
Jeff Ross: Take a Banana for a Rideジェフ・ロス:バナナを持っておいで

ブロードウェイで上演中のコメディアン、ジェフ・ロスによる90分間のワン・マン・ショー。 内容は彼の自叙伝で、両親や祖父、子供時代、芸人としてのデビュー、ステージ3の大腸がんの宣告、コロナ禍で保護したシェパード犬との日々などが語られる。その口調は鋭くも温かみがあり、ユーモアたっぷり笑わせながらも心を揺さぶってくる。

ステージにはピアノ奏者とバイオリン奏者が控えており、効果音や背景音楽を添えて場面に彩りを与えていた。舞台には、ソファーと、バナナの束が置かれている机がある。舞台後方にかかっている二十枚以上の額縁にLEDパネルが仕込まれていて、過去の写真やビデオが、話の内容に合わせて切り替わっていく。ちなみに普段、指揮者の生の映像が映されている二階席の前の部分にあるモニターには、今回L E Dパネルの映像が写っていて、舞台のジェフ・ロスから見れるようになっていた。演出はスティーヴン・ケスラー(Stephen Kessler)。アカデミー賞にノミネートされたことのある映画監督で、今回がブロードウェイのデビューとなる。

ロスはアメリカでは「ロースト・マスター」として知られるコメディアンで、辛辣なユーモアで相手をいじることに長けた人物だ。最初、彼は自分がロースト・マスター*になれたのは、家族や親戚全員がお互いを年がら年中いじり合う笑いに溢れた環境で育ってきたからだ、と語る。そして話は家族の紹介に移っていくが、観客とのやり取りを積極的に取り入れながら、大きな笑いを次々と生み出していく。ただし単なるジョークの連発ではなく、自身の人生経験や喪失感を交え、ユーモアの中にも深い人間味が漂う。

アメリカでは、「ユダヤ人は笑いを友として生きてきたからこそ、数千年にわたる苦難の歴史を背負いながらも、生き残ってこれたのだ」と言う人が少なくない。ニューヨークはユダヤ人が多く住む街だが、ここに暮らしていると、コメディアンに限らず、普通のユダヤ人でも会話術やコミュニケーション能力が非常に高いことに気づくだろう。人をいじるのも、自分を笑いのタネにするのも、とにかく上手い。そして、アメリカのコメディアンの多くはユダヤ人で、ジェフ・ロスも例外ではない。

さて、舞台の話に戻ると、タイトルの「Take a Banana for a Ride」は、祖父が毎晩ロスが仕事に出かける際、バナナを手渡しながら彼にかけた言葉だったことがわかる。両親を早くに亡くした後、祖父と共に暮らし、晩年には逆にロスがその祖父の面倒を最後まで看た、というエピソードが舞台にしっとりとした情感を添えていく。

祖父は若い頃、第二次世界大戦でドイツの戦車を乗っ取った際、そこからひとつのネジを盗み、加工して指輪として身につけていた。そして勇気が欲しい場面に直面すると、その指輪を二度コツコツと叩き、「ワールド・ビーター(World Beater=何ものにも勝る存在)」と自分に呟くのだった。祖父がいない今、その指輪をロスが身につけている。
途中、コロナ禍でコメディアンとしての出演機会が絶え、独りで途方に暮れていた時期の話になる。ある日、友人がシェルターにいたジャーマン・シェパードを連れてきてくれた。野良犬だったその犬は片足を引きずり、外見も美しくなかったが、ロスにとってかけがいのない存在となった。一通りその犬について語ったあと、実際に犬が舞台に登場する。観客はその愛らしさに「オー(Ohhhh)」と一斉にため息を漏らしていた。

彼のストーリーはさらにユダヤ人の発明の数々へと移る。短いシーンだが、この世を変えたと思える多くの物や人物が次々と紹介されるので、驚かされるだろう。レーザー、ペースメーカー、除細動器、ペネシリンの活用化、ステンレス鋼、バービー人形、ハーゲンダッツのアイスクリーム、そしてアインシュタイン、フロイト、アドラー、コストコ、グーグルに至るまで、背景に写真が高速で映し出される(ここでは印象に残った一部だけを挙げた)。しかしロスは別に「ユダヤ人はすごい」と言いたいわけではない。人生の浮き沈みを免れない中で、新しいものを生み出す想像力と、生への情熱の大切さを語っていく。

今回、ニューヨークに来る直前、カリフォルニアで化学療法を受けてからブロードウェイ公演に臨んだことも語られる。そして、ドイツ犬を心から愛したユダヤ人と冗談を言いながら、人種を超えた友人たちに如何に支えられながら、「もう前に進めない」と気弱になった時、祖先や家族や友人たちが「ワールド・ビーター」として力を与えてくれた、と観客に語りかけ、舞台は終盤を迎える。アジア系の女性カメラマンが舞台に現れ、ロスは彼女と一緒に舞台を降りて客席を回りながら直接観客に言葉をかけ、バナナを手渡していく。舞台には、彼と観客の様子とその会話が生で映し出される。観客との距離が更に一気に縮まるサプライズ演出の楽しいフィナーレとなった。

同作品は、コメディアンのジョークを聴こうと軽い気持ちで入った観客に、笑い以上のものを与えてくれるだろう。人生の悲喜こもごもをユーモアに変換するロスの力量を再確認させられる一夜だった。観光客向けではないかもしれないが、笑いと涙が詰まった内容で、観劇後も強い余韻が残る見応えのある作品だった。

*「ロースト」とは、アメリカ独特のコメディ形式で、イベントで特定の有名人を対象に、半分本当・半分冗談のネタで欠点や特徴を大げさに取り上げ、観客を笑わせるスタイルだ。からかわれる本人も一緒に楽しめることが前提で、愛情を込めて「いじる」ことで、その人を称える意味合いが含まれている。(8/15/25)

Nederlander Theatre
208 West 41st St, New York, NY

上演時間:90分(休憩なし)
公演期間:2025年8月18日〜9月28日(限定公演)

舞台セット:8
衣装:8
照明:8
キャスティング:10
総合:9
@ Emilio Madrid
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