My Name Is Lucy Barton 私の名前はルーシー・バートン

My Name Is Lucy Barton
私の名前はルーシー・バートン

演劇 ブロードウェイ
My Name Is Lucy Barton
私の名前はルーシー・バートン
My Name Is Lucy Barton 私の名前はルーシー・バートン

一人の女性が、9週間の入院をきっかけに自分を発見し、次第に自身を受け入れていく姿を綴った2016年の小説「 私の名前はルーシー・バートン」を舞台化した戯曲。ロンドンのウェスト・エンドのオフで、テレビや映画でも活躍する女優ローラ・リニーが独演し、高い評価を得てブロードウェイで開幕した。

あらすじ&コメント

舞台はニューヨーク。窓からクライスラー・ビルディングが見える病室で、何もない衛生的な空間の中にベッドが一つ置いてある。作家のルーシー・バートン(ローラ・レニー)が舞台裏から出てきて、1980年代半ばに起きた9週間に渡った病院での生活を振り返り始める。盲腸の手術の後、生命を脅かす様な原因不明の感染症にかかった彼女は、夫と2人の娘から離れて入院することになったのだ。検査をしても病名がわからず、熱は上がったり下がったりを繰り返す不安の中で、彼女に底知れぬ寂しさを感じさせていた。

ある日、彼女が目を覚ますと、そこには疎遠になっていた母親が居た。仕事が忙しくて彼女の側にいてやれない夫が、旅費を出して義理の母親を呼び寄せたのだった。2人は昔の思い出話をする。母親の友人が、子供の学校の教師と恋に落ちて家族を捨てたことや、父の幼馴染みの娘のことなど、取り留めのない話が次々と飛び出す。そして、殆どはルーシー・バートンが生まれ育ったイリノイ州にある田舎町の昔話だった。そこは延々と大豆畑が広がる寂しい場所だった。父も母も働いていたが暮らしは貧しかった。幼いルーシーを保育園に預ける余裕もなかった為、父親は自分の働く農場に停めたトラックの中に、彼女を閉じ込めた。時には、父は彼女が居るトラックの中に蛇を一緒に入れたこともあった。彼が何故そうしたのかは、わからない。毒蛇ではなかったのだろう。しかし、彼女はその恐ろしい経験を未だに直視できずにいる。

幸せで恵まれた家庭とは程遠いその環境は、ルーシーを始め兄姉にも心の傷を残した。幸いルーシーは読書に逃げ場を見つけ、成績は優秀で、高校を卒業すると奨学金を受けてシカゴの郊外の大学に入学。在学中に今のドイツ系アメリカ人の夫と知り合う。しかしルーシーの父親は、戦時中に若いドイツ人兵士を射殺したトラウマから、同じドイツの血を引く娘の夫を避けて嫌った。父と娘の間の溝は更に深まった。

ある日、検査の為に病室からストレッチャーで運び出されたルーシーは、偶然エイズの末期患者と遭遇し、そのギョロッとした目と視線を交わした。その男性の容姿は、死の存在を間近に感じさせるものだった。その後、昔親しかったゲイの友人がエイズで亡くなっていたことを知った彼女は、もしかしたらあの時私と目が合ったあの患者は、病気のために、面相が変わってしまったその友人本人だったのではなかったか、と思い悩んだ。

母親は頑なでプライドの高い性格だった。そして時にはルーシーにきついことも言う。それでもルーシーは、こうやって一室で母親と会話ができることをこの上なく嬉しく思った。幼い頃にはなかった二人きりの時間。母親の注意を注がれずに育った彼女にとって、それはかけがいのない貴重なものだった。

入院は長引き、病名は解明できず、体調は良くならず、彼女の心身を気にかけてくれたユダヤ人の医師が、彼女の心の拠り所となった。言葉少なながらに表現される医師の人間愛に触れた彼女は、彼があの時居なかったら自分はどうなっていただろうと思い出しては、心が温まるのだった。

母親はやってきて5日目、ルーシーが再び手術を受ける可能性を告げられて狼狽しているのをよそに、突然さっさと田舎へ帰ってしまう。その後ルーシーは無事退院し、2人の娘と夫との暮らしに戻った。数年後、母が病床に伏せたという連絡を受け、彼女はルイジアナ州に向かった。ニューヨーク以来の母との再会だった。しかし「ずっと側にいさせて」と嘆願するルーシーに、母親は死の床から「お願いだから、帰ってちょうだい」と頑なに言う。病室を去るときルーシーは振り向いて「母さん、愛しているわ」と声に出して言うのだが、返事はなかった。

その翌年には父親が亡くなった。ルーシーが父親にかけた言葉は「ごめんね、父さん」だった。謝り続けるルーシーに父は言った。「ルーシー、お前はいつだっていい子だったよ。」

両親を失くしたルーシーは、初めて彼らの存在が自分の心の骨格となっていたことに気づく。家族との絆の大切さを感じた彼女は、兄と定期的に電話で話をするようになり、姉の経済的な支援も始める。それで兄姉との距離が近くなるわけでもなかったのだが・・。同時多発テロ911がニューヨークを襲った朝、娘が叫んだ。「母さん!!」というその声は、自分が母親に向かって心の内で叫ぶ彼女の声と重なっていく。

両親を亡くした後、夫や娘たちがそれまでと違って見えて来る様になった。
様々な出来事が彼らにも起きていることに気づいたのた。彼らを個々の人間として見始めると、今度は自分が何者なのかという自身の存在も浮き上がってきた。「私はルーシー・バートンだ」。良いも悪いも、あのイリノイ州の大豆畑、閉じ込められたトラック、その頃の景色、全てが自分自身の一部なのだと確信する。その時、自分一人の人生だけでなく、すべての生命が清々しい光で彼女を照らすのを感じたのだった。

ローラ・リニーが描くルーシー・バートンは、遠慮がちに人に話すような語り口で明かされていく。ルーシーの道のりと人生の輪郭が、見舞いに訪れた母親との会話を通して浮き出されていく様子が良く描かれている。
親に丁寧に愛されなかった子供は、自分を責めながら成長する。しかしそんな彼女が辛い幼少時代から終盤に向かって、次第に自分の内の潜在的な強さを発見し、自分の人生の主導権を握ろうとする展開が見どころだ。舞台セットは動かず、背景に投影されるイメージが変わるだけだが、自分を発見する旅となった9週間の入院生活の話に観客は引き込まれる。しかし、小説の中の文章と、聞いた途端に消えてゆく台詞とは違う生き物だ。読むスピードを調整したり、繰り返して読める文章とは違い、俳優が語る台詞だと謎解きの様で最後まで理解しにくい断片があり、ついていけないまま置き去りにされた観客も一部いたように思う。

他の資料

<キャストと創作者達>

同作品は、ロンドンのオフ・ウェスト・エンドで2018年6月6日〜2018年6月23日に初演され、チケットは売り切れた。

2019年 1月25日〜2019年2月16日に再演。

▶ローラ・リニー/Laura Linney
アメリカ女優で、このウェスト・エンドのオフが、ロンドンの舞台でのデビュー作品。

受賞歴
・アカデミー賞(オスカー)受賞はせず、ノミネートどまり3回
『愛についてのキンゼイ・レポート』助演女優賞ノミネートどまり(日本劇場公開あり)
『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』主演女優賞ノミネートどまり (日本劇場公開なし)
『マイ・ライフ、マイ・ファミリー』主演女優賞ノミネートどまり (日本劇場公開なし)
ハリウッドで有名になるきっかけとなった作品:ヒット映画『トゥルーマン・ショー』でジム・キャリーの相手役を演じた。
その他主演ではないが、主要キャストのひとりとして出演したヒット映画『ミスティック・リバー』、『Love Actually』

・トニー賞受賞はせず、ノミネートどまり4回
『子狐たち』 演劇主演女優賞ノミネートどまり
『永遠の一瞬 -Time Stands Still-』演劇主演女優賞ノミネートどまり
『Sight Unseen(邦題なし)』演劇主演女優賞ノミネートどまり
『るつぼ』演劇主演女優賞ノミネートどまり

・プライムタイム・エミー賞4回受賞

・リミテッドシリーズ/映画部門主演女優賞を3回受賞

『キャシーのbig C-いま私にできること-』『ジョン・アダムズ』『Wild Iris』、

・コメディーシリーズ部門ゲスト女優賞『そりゃないぜ!? フレイジャー』

・ゴールデン・グローブ受賞2回
映画部門(コメディー/ミュージカル)主演女優賞『キャシーのbig C-いま私にできること-』『ジョン・アダムズ』テレビ部門(ミニシリーズ/ドラマ)

 

▶原作は、エリザベス・ストラウト/Elizabeth Strout
アメリカ・メイン州出身。遅咲き。最初の小説を出版したのは42歳(1988年)の時。3冊目の『オリーヴ・キタリッジの生活』を出版したのは52歳の時。大学卒業後に、英国へ引っ越す。働きながら、出版社へ小説を提出するも、誰からも見向きもされなかった。20歳後半となり弁護士の訓練を受けるためにNYへ引っ越しをする。
『オリーヴ・キタリッジの生活』でピューリッツァー賞フィクション部門で受賞。

▶脚色は、ロナ・マンロー/ Rona Munro
スコットランド人の劇作家。英国の人気SFドラマ『ドクター・フー』の2話の脚本を手がけたこともある。

▶演出家は、リチャード・エアー/Richard Eyre
劇場・オペラ・映画の演出家として50年の経歴があるベテラン。
・ローレンス・オリヴィエ賞以下5回受賞
演出賞『ガイズ&ドールズ』『ヘッダ・ガーブレル』『リア王』
劇場貢献賞

▶舞台装置デザイン・衣装デザインは、ボブ・クローリー/Bob Crowley
・トニー賞
舞台装置デザイン賞  『回転木馬』『アイーダ』
演劇舞台装置デザイン賞 『ヒストリー・ボーイズ』 『コースト・オブ・ユートピア』
ミュージカル舞台装置デザイン賞 『メリー・ポピンズ』『ワンス』『パリのアメリカ人』

・ローレンス・オリヴィエ賞
舞台装置賞 『パリのアメリカ人』
デザイナー・オブ・ザ・イヤー賞 『マ・レイニーのブラック・ボトム』『ヘッダ・ガーブレル』『ゲットー』

・その他代表作品『アラジン』『ガラスの動物園』。今シーズンは 『The Inheritance』『Sing Street』を手がけている。

Samuel J. Friedman Theatre
261 West 47th Street
公演時間:90分(休憩なし)
公演期間:115日〜 2292020

舞台セット:9
衣装:7
照明:8
総合:8
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy
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