ニューヨークは、繰り返されるコロナ禍に大きな犠牲を払いながら、重ねて底力を見せ、再度活気に溢れてきている。

ニューヨークは、繰り返されるコロナ禍に大きな犠牲を払いながら、重ねて底力を見せ、再度活気に溢れてきている。

ニューヨーク州知事が昨年(2021年)5月にブロードウェイの閉鎖解除を発表した。それを受け、直後にコンサート形式のブルース・スプリングスティーンのショーが復活。8月には演劇の新作『パスオーバー』が開演。そして9月、待望のブロードウェイの花形、ミュージカル群が約18ヶ月ぶりに開幕を果たした。

この時を待っていた大勢のミュージカル・ファンが詰めかけ、当初はどの作品も好調なスタートだった。ところが感謝祭、クリスマス、お正月と続く稼ぎ時にオミクロン株が上陸。観客は減り、2022年の1月9日の週には約60%しか座席が埋まらず、9つのショーが早期終演を余儀なくされた。運が悪いとしか言いようがない。

3月にはブロードウェイ劇場41軒中、半分にも満たない19軒だけがオープンしていると言う有様だったが、それでも劇場間での競争が減ったことが幸いし、92%の席が埋まっていた日もあるなど、有名作品の収益は相応なレベルに戻っていた。

ところが今度は感染力が強いオミクロン株BA.2系統の登場で、再びブロードウェイは揺らぐことになる。大スターのダニエル・クレイグ、サラ・ジェシカ・パーカー、マシュー・ブロデリックなどの感染判明が相次ぎ、4作品が一時的に中止を余儀なくされてしまう。すでに売れ行きがイマイチで苦戦を強いられていたいくつかの作品にとっては、この変異ウィルスの出現は相当辛いものだったにちがいない。
ダニエル・クレイグ出演のシェークスピア『マクベス』現代版は、プレビュー期間の10日間をキャンセル。今回トニー賞ミュージカル最優秀賞を含め11部門でノミネートされた『ア・ストレンジ・ループ』も、団員にコロナ陽性が出たことで、プレビュー開始を延期している。

一方、公演開始からすでに数ヶ月経過していた作品は、準備ができていた事もあって、代役を立てるなどして休演を免れている。たとえば昨年2021年12月に開幕したスティーブン・ソンドハイムのミュージカル『カンパニー』では、4月に主演女優のカトリーナ・レンクを含む主要なキャスト6名がコロナ陽性となったが、代役を使って公演を続けている。ちなみに同作品に参加しているミュージカルの大スター、パティ・ルポーンは今年2月下旬に感染済で、今回は無事にすんだようだ。彼女が公演後の舞台上での座談会で、観客にマスクを鼻までカバーするよう厳しく注意喚起した動画が炎上したのも、記憶に新しい。現在ニューヨーク市は、レストランやその他公共スペースでのワクチン接種記録掲示義務を停止している。ブロードウェイも5月2日から、劇場オーナーの判断に任せており、多くの劇場が掲示義務を課していない。それでもマスク着用は、少なくとも5月末まで義務付けられている。

さて毎年ブロードウェイでは6月のトニー賞の締め切りである4月に、候補作品の開演が集中する傾向があるが、今年はオミクロンや、その亜型BA.2などの登場でギリギリまでオープンを遅らせるショーが相次ぎ、3月末から4月末までのわずか5週間に、16の新作と3つの復帰作がオープンするという、前代未聞の開演ラッシュが起きた。 俳優や舞台監督が、いくつかの作品を掛け持ちするのは元々不可能だが、創作チーム側の人々は普通、複数の作品に同時に関わっていることが多い。例えばプロデューサー、舞台セット建築や音楽制作系の人々は担当している作品の開演日の重複を極力少なくするようにスケジュールを組んでいる。ところが今回の同時オープンラッシュは、去年の秋のブロードウェイ閉鎖解除公表後を上回る大変なストレスがかかったのではないかと想像される。余談だが、普段は劇場街の近傍のスタジオがリハーサルの場になるのだが、当時は州知事からのゴーを受けて、スタジオが溢れ返りブルックリンまで出て練習をする作品もあったそうだ。

タイムズスクエアは、かつてのように人がいっぱいでなかなか早く歩けない状態に戻ってきている。それでも4月の平均訪問者数は、およそ28万6千人。パンデミック前の1日平均が約36万5千人には及ばない。タイムズスクエア近辺にはまだ再開できずにいるレストランが目立ち、仕事への復帰を待つホテル従業員も多く、営業が困難な惣菜屋も少なくない。エリック・アダムス市長は、ブロードウェイ作品のオープニング時恒例のレッドカーペットに立ち、プレスインタビューを利用して、機会があるごとに観光客を戻そうとニューヨークのエンタテイメントの宣伝に勤めている。ニューヨーク市観光局が予想する今年の観光客総数は、5640万人と2019年の6600万人よりも下回っている。以前、ブロードウェイの観客の3分の2は地方や海外からの観光客が占めていたが、まだそこまで至っていない。しかし数字は夏に向けて伸びている。成功率が低くリスクが高いショウビジネスで、プロデューサーらはどうやって観光客を魅了し作品を成功させるか、更に頭を悩ませていることだろう。 しかし、あらゆる荒波を乗り切って今回トニー賞にノミネートされた作品は、それぞれ準備に忙しく、関係者は溌溂としている。

ニューヨークは、繰り返されるコロナ禍に大きな犠牲を払いながら、重ねて底力を見せ、再度活気に溢れてきている。今後どうなるかは誰もわからないが、多くの感染者を出したニューヨーカーにとって、明日は我が身とこれほど強く感じた時期はなかったのではないだろうか。彼らは長かった冬を抜け、春を迎え、今こそそれぞれの希望と夢を再び確認し、毎日毎日を一生懸命生きようとしてる。
05・14・2022

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