私たちの親愛なる故麻薬王
あらすじ&コメント
舞台は、2008年のフロリダ州マイアミのとあるツリーハウス。そこに女子高生4人が集まり、降霊術を使って死者を呼び出そうとしている。その死者とは、伝説的なコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルだ。
パブロ・エスコバルは、フォーブスの億万長者ランキングで10位に入ったこともあるコカインの密輸王。服役したこともあるが、そのときは自分専用の豪華な刑務所で贅沢の限りを尽くし、シンジケートへの指示もそこから出していた強者。最終的にはコロンビア警察の執拗な追跡を受け、1993年に自宅近くの民家の屋根上で銃撃されている。44歳の若さだった。一部の若者の間では今でもカリスマ的な存在になっている。
さて登場する女子高校生4人にはそれぞれ異なる背景がある。
キットは、自分がエスコバルの娘だと信じている。というのもアメリカ人の母親に女手一つで育てられた彼女は、父親がコロンビア人だったということしか知らされていなかったからだ。レズビアンの彼女は、次に紹介するパイプに惹かれているのだった。
パイプは、自分の不注意で妹を溺死させてしまい、自責の念に苦しんでいる。降霊術を使って、その妹も呼び帰したいと願っていた。3人目のスクイーズは、中身は多数に靡くタイプだ。そしてズームは、若者に人気のロック歌手に真似て頭髪を半分緑色に染めているが、オタクっぽくてモテない。他の生徒から常日頃より「セックスを知らない」とバカにされている少女だ。それを見返すためにつきあった男子生徒の子を、身籠もってしまう。
この4人の女子高生達の会話は非常に自然に流れて、我々が普段なら聞けない様な年頃の少女達の会話を、耳を済まして密かに聞いているようなワクワク感に捕らわれる。脚本、演出、俳優達の才能がもたらす賜物だろう。しかし話は徐々に不気味な方向に向かっていく。彼らは降霊術の生贄として、まず野良猫を殺す。そしてしまいにはズームのお腹の子も捧げる必要があるという結論に達する。
そしてついに儀式は成功する。パブロ・エスコバルが、かつて溺死したパイプの妹と一緒に現れたのだ。そこで自責の念に苛まれていたパイプは、自分の命と引き換えに妹の生き返りをエスコバルに哀願する。エスコバルはスペイン語で何かを話す。一方妹は、「いつも夜になると悪魔が怖かったの。でも悪魔は自分の内にいるんだと気づいたわ。」と言い残して、エスコバルと供に死の世界に戻ってしまうのだった。
胎児とズームの血で手も顔も赤く染まり、まるで悪魔のような形相をしたパイプは、大声で叫びだす。「もう良い娘のままでいるのはこれまで。もっと騒いでやる。財産を手にして、これ以上他人には利用されない。世界を私のイメージで造る。自分のものを取り返す。」と。それを何度も観客に向かって繰り返し、作品は終わる。
エスコバルの魂は果たして生き返るのか。そんな期待と恐れに、緊張が高まる流れは素晴らしい。しかし現れたエスコバルのゴーストは、スペイン語を話している。脚本を書いたAlexis Scheerは、母親がコロンビア人なのでスペイン語が話せるのだろう。しかしここブロードウェイでは、恐らく私を含めた半分以上の観客が解らなかったに違いない。奇を衒い過ぎたこの選択は、不親切だと思わずにはいられなかった。
そしてなにより、自分の妹を呼び帰す為に友人のズームを傷つけるバイプが、最後の場面で女性の自由を主張するのは何か変だ。この点はニューヨークの劇評家たちも同じように納得しなかったようだ。しかし何が変なのか、振り返って考えてみた。
あの時、自分の中の悪魔に気づいた妹と一緒にあの世に帰っていったのは、実はパイプだったのではないか。友人の胎児を生贄にすることを厭わなかったパイプだったが、金と権力のために何人も虐殺してきたエスコバルにとって、そんな彼女の魂は彼にとって都合が良かったのに違いない。そう、エスコバルは、女子高校生の内に甦ったのだ。この考えに納得すると、最後の場面は思い返すのも怖くなった。この作品は、女性の心の独立とかは関係ない良くできたサイコ&スリラーだ。お〜、コワっ。 12/20/2019
WP (Women’s Project) Theater at the McGinn/Cazale Theatre
2162 Broadway, 4th Floor & 76th Street
公演時間:90分(休憩なし)
公演期間:9/24/2019~1/5/2020