Seared
シアード
Seared シアード

前売りチケットの好調な売れ行きを受け、上演開始前から期間限定の公演を延長したのが食欲の秋を彩るオフ・ブロードウェイのヒット作『シアード』。“焼”や“炙”などといった調理の火入れ方法のことを指すタイトルの同ストレートプレイは、コメディタッチで飲食店経営の難しさに焦点を当てる希少な作品となった。

あらすじ&コメント

舞台は現代のニューヨークのブルックリンにある16席の飲食店の厨房。2年半前に同レストランをオープンさせた30代の若手オーナーの男性は、絶大な信頼を置く同世代のパートナーのシェフと、そして味覚センスの優れたウェイターとで店を切り盛りしている。しかし、もし家賃が上がれば店を畳まなければならないほど経営は逼迫状態。そんな中、同店はニューヨーク・マガジン誌に取り上げられ、特にホタテを使った一皿が高い評価を得る。これを受け店には料理評論家を唸らせたホタテの一品を目当てにした客が殺到、経営を立て直す絶好の機会が訪れたのだ。ところが、安定したクオリティのホタテを仕入れることができないといった理由からシェフは突如として同料理を提供するのを拒んでしまう。

シェフと仲違いが続くことに悩んだオーナーは、コンサルタントの若手女性を店に引き入れ、事態を打開しようと画策する。ところがシェフとの軋轢は様々な改革案を打ち出すコンサルタントとの間でも起こる始末。コンサルタントの手回しで有力紙の料理評論家の来店が実現するが、その機会においてもシェフはホタテを調理することを頑なに拒み、啖呵を切って厨房を後にしてしまう。咄嗟の判断で味覚センスに長けた店唯一のウェイターが厨房に代わりに立ち、ホタテ料理を再現するのだった。

その結果、店を去ったシェフの名前の下、ウェイターの手掛けた料理が有力紙に絶賛されてしまう。人気店へと成長した店には間もなくして心を入れ替えたシェフも戻り、ウェイターとともに厨房に立つこととなる。そしてシェフは再びホタテを調理する覚悟を徐々に固めていくのだった。

上演劇場の客席に足を踏み入れると、香り立ったスパイスが鼻をくすぐる。同戯曲の最大の目玉は、舞台となるレストランの厨房で実際に出演者が調理をするという演出だ。

出演者がステージ上で料理をする演出の舞台はニューヨーク演劇界で珍しくはなく、2014年にはあのヒュー・ジャックマンさえブロードウェイで上演されたストレートプレイ『ザ・リバー』の劇中でマスを捌いてそれを調理した。またステージ上でクッキングデモンストレーションを行う一人芝居やショーの類も少なくない。一方、ステージ上で調理をしつつ、複雑なレストラン経営の裏事情と人間模様に迫り、食に情熱を傾けるのは今回が初めての試み。

利益を求めて客の回転数を増やそうとするオーナーを含めた経営側と、あくまでも納得のいく料理を提供することに重きを置くシェフとの擦れ違いは常。名声を手に入れたシェフが店を離れる場合も価値観の違いが要因となるケースが多々ある。

劇中で舞台となるレストランではオープン当初からメニューがなく、その日の仕入れ状況に合わせた料理を提供するというポリシーをシェフが貫いてきたという設定だ。シェフの意固地な姿勢は、サービス業を営むことに徹するオーナーやコンサルタントからすれば快く思えないのも当然。食材の質を理由に看板メニューとなったホタテを調理しないというシェフの独断は、はたして料理人としての拘りなのか、それとも傲慢なのかという点にも迫っていく。

後半、シェフはホタテの代わりにサーモンをつかった一品を提案、これも天然物でなければならないとの条件を突きつけるが、特定の食材に固執し経営陣らを悩ませるエゴが見え隠れしているかのようだ。こうしたシェフから汲み取れるのは拘りではなく、頑固一徹さでもなく、アーティストとしてのプライドからくる我儘なのではないかと感じてしまうのは作品が意図することかもしれない。更には、シェフが自身の過ちを認めつつも、職人の言い分は聞き入れられないと示唆する結末が用意されている。全体を通してニューヨーク飲食業界における資本主義の縮図のようなジレンマさえ見てとれる趣向だ。

ラウル・エスパルザやクリスタ・ロドリゲスといったミュージカルでの活躍が目立つ役者の演劇作品での共演は同作品の見所のひとつ。料理のコンサルタントとして製作チームに加わったニューヨークのシーフード専門の名イタリア料理店での経験を持つパーソナルシェフの功績も大きい。第二幕は厨房に一人立ったシェフが試作メニューを黙々と8分間にわたり調理する沈黙の場面から始まる。ここでのシェフの動きはミュージカル俳優とは思えないほど手馴れており、手際よく素材を仕込み調理していく。アメリカの多くの若手料理人がそうであるように、腕にタトゥーを入れているというスタイルも現実性を加味、まるで本物のシェフであるかのような貫禄を醸し出す。

劇作家は昨年ブロードウェイで上演された『ベルナール/ハムレット』が記憶に新しいテレサ・レベックで、彼女は劇中のレストランがあるブルックリンに住んでいるという。それもあるのか、戯曲の設定には昨今のブルックリンの飲食業界事情が絶妙に反映されている。

たとえばミシュランガイドのニューヨーク版が刊行された2005年に、マンハッタンに比べ食のレベルが劣るとされていたブルックリンにある星付きレストランはわずか1店だった。ところがその後、同地区では注目を集める店が次々とオープン、食通たちを唸らせて発展を遂げていく。そして2019年版のミシュランガイドに掲載されたこの地区の星付きレストランは9店にものぼるようになった。

とはいえ、全体の店舗数はピーク時の3年前よりも減っている計算となり、食のトレンドの街として人が集まるようになり地価や家賃が急上昇し店をたたむオーナーが増えた結果でもある。

評価を得ても経営難に喘ぐ劇中のブルックリンにある店の基本設定からさえ、リアリティのある実状を垣間見ることができた。
千秋楽 12月1日

Susan & Ronald Frankel Theatre at
THE ROBERT W. WILKINSON
MCC THEATRE SPACE
511 West 52ndSt

舞台セット:7
衣装:5
証明:5
総合:7
Photo by Joan Marcus
Photo by Joan Marcus
Photo by Joan Marcus
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