Secret Life of Bees,The リリィ、はちみつ色の秘密

Secret Life of Bees,The
リリィ、はちみつ色の秘密

オフ・ブロードウェイ
Secret Life of Bees,The
リリィ、はちみつ色の秘密
Secret Life of Bees,The リリィ、はちみつ色の秘密

作曲家ダンカン・シークはミュージカル『春のめざめ』で演劇界にその名を轟かせ、同作品でトニー賞など数々の賞を総なめにしたことで知られる。ところが、それ以降の彼は大ヒット作に恵まれず高い評価を得ることは皆無に等しくなった。2016年にブロードウェイで開幕したミュージカル『アメリカン・サイコ』も酷評に晒され息つく間もなく幕を閉じている。そんな彼の音楽に久々に関心が集まった話題作がこの夏にオフ・ブロードウェイで上演されたミュージカル『リリィ、はちみつ色の秘密』だ。

あらすじ&コメント

同作品が上演されたアトランティック・シアター・カンパニーは、ミュージカル『春のめざめ』や、2018年トニー賞を受賞した『バンズ・ヴィジット』を世に送り出している名門劇場というだけでも注目度は十分だった。売れっ子のサム・ゴールドが演出、2度のピューリッツアー賞受賞歴を持つ唯一の女性劇作家リン・ノッテージが脚本を手掛けるという豪華製作陣も人気に拍車をかけた。前売りチケットは飛ぶように売れ、上演開始前から期間限定の公演を延長したのだ。

原作は800万部を売り上げた2001年出版のベストセラー小説で、後に映画化もされた。人種差別を禁じる公民権法が成立した1964年のアメリカ南部のサウスカロライナ州を舞台にした、14歳の白人の少女リリィの成長物語。愛情を欲して塞ぎがちなリリィの脳裏から離れないのは、幼いころに母から捨てられて、リリィ自身の手よって拳銃が暴発し、母親が命を落としたという朧げな記憶。

父親からの虐待に苦しむリリィが、親代わりとして心を開いているのは若い黒人のメイドだった。ある日、メイドが白人であれば何でもないような些細な権利を主張したことから白人に暴行された上、逮捕されてしまう。意を決したリリィは、虐待する父親の恐怖から逃れて拘留されているメイドを助け出し、母親の遺品を頼りに2人で旅に出る。

2人が辿り着いた先は、リリィの母親の遺品の中にあったものと同じ、黒い聖母像のラベルが貼られた蜂蜜を生産している裕福なアフリカ系アメリカ人の家。そこに住むのは養蜂場を営む姉と2人の妹の黒人の3姉妹で、リリィは父親に見つからないよう、自分たちの身分を偽って匿ってもらうのだった。

新たな生活の中での出会いや恋、また養蜂を学ぶなどの経験を通じ、リリィは次第に母親の過去に近づいていく。そこで明らかになったのは養蜂場を営む3姉妹の長女こそが亡き母親の育ての親でもあったメイドで、良き理解者だったという事実。そして、彼女からリリィはついに、自分が母親から愛情を注がれ育てられていたことを知る。リリィは自分を連れ戻しにやって来た父親の前で、養蜂場の家族との生活を選択し、新しい人生の歩みを始めるのだった。

同ミュージカルの一番の魅力はダンカン・シークによる楽曲にあり、R&Bからゴスペルまでバラエティに富んでおり耳に馴染みやすく好感が持てる。パーカッションが生かされた作曲家自身による編曲も絶妙だ。17曲のミュージカルナンバー各々で彼の器の大きさに感心し、その才能を再認する機会が度々あった。

一方で、脚本の方向性と無駄を一切省いた演出が作品の全体的な質を下げてしまっているのは否めない。更に、自身もアフリカ系アメリカ人であるリン・ノッテージが脚本で焦点を当てようとした事柄と、同作品が本来描こうとしている主題にズレが生じているように感じられるのである。アフリカ系アメリカ人であるリン・ノッテージがその脚本で焦点を当てようとした事柄と、同作品が本来描こうとしている主題にズレが生じているように感じられるのである。リリィの成長物語よりも、公民権運動や人種差別、そして男女平等といったテーマに重きが置かれた。人種差別や女性の権利主張を過剰に誇張してソウルフルでスピリチュアルに描き、リリィの人間としての心の成長はあたかもサブプロットであるかのような印象を与えてしまうのだ。

また原作や映画版では養蜂場の3姉妹のひとりが自らの命を絶ち、登場人物たちがその不幸を分かち合い、乗り越えることにより重厚な人間ドラマが成立していたが、同エピソードは不要と判断されたのか、今回の舞台版からはカットされている。この変更により、人間ドラマが危機感のない平穏なものになってしまった。

教会だった建物を改装した上演劇場では、元々あった赤レンガの壁を活かしたシンプルな装置になる場合が多い。また199席の同劇場でミュージカルを上演する場合はステージ上にオーケストラが配置されるケースが常で、今回も同様となった。

劇中、養蜂場の一家が信仰の対象としているという設定の黒い聖母像がセリで登場する以外には大道具や小道具はほとんどない。また登場人物たちがこの等身大の黒い聖母像の頭から大量の蜂蜜をかけ、液体が滴り落ちる中で祈りをささげる神聖な場面以外には視覚的効果という面での見せ場もない。演出も非常に抽象的で無駄を省いており、これが原作や映画版に馴染みのない場合は、物語が少々難解なものになるのではないかと危惧された。

期間限定公演そのものは連日ソールドアウトで、開幕後には公演期間がさらに一週間延長されるほどの人気ぶり。ブロードウェイでは芝居『アラバマ物語』が大ヒット中で、来春にはミュージカル『キャロライン・オア・チェンジ』がリバイバルされることを考慮すると、アメリカの公民権運動を顧みる内容の作品は今が最も旬なのかもしれない。そう捉えると、ミュージカル『リリィ、はちみつ色の秘密』が今回のような路線で舞台化されたのにも納得がいく。とはいえ、2時間20分と比較的長い上演時間を費やして描かれる養蜂場での物語を通して甘美だったのはダンカン・シークによる楽曲のみだった。

千秋楽:7月21日2019年

Atlantic Theatre Company/Linda Gross Theatre
336 West 20thStreet
422 West 42nd St
上演時間:2時間20分(休憩一回)

舞台セット:4
作詞作曲:9
衣装:6
照明:5
総合:6
Photo by Ahron R. Foster
Photo by Ahron R. Foster
Photo by Ahron R. Foster
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