貯水池
舞台はコロラド。アルコール依存症によりニューヨーク大学を休学した若者ジョシュが、禁酒を目指して故郷に戻ってくるところから始まる。しかし、若い頃から彼を悩ませてきた頭の「霧」は晴れず、アルコール依存による記憶の混乱や羞恥心に苦しみ、かつての友人たちとも上手く関係を築けない。
一方で、彼を温かく受け入れる4人の祖父母たちと時間を過ごす中で、ジョシュは彼らもまた記憶の問題を抱えていることを知る。運動や食事の改善などを通じて彼らを支えようとする過程で、彼自身もまた救われ、世代を超えた絆が少しずつ深まっていく。が、彼のそんな努力にもかかわらず、祖父母たちの記憶は確実に失われていってしまう。
劇作家ジェイク・ブラッシュはコロラド出身の新進気鋭の作家である。ニューヨーク大学ティッシュ芸術学部でBFAを取得後、ジュリアードの劇作プログラム(2022〜2024年)を修了している。彼自身、アルコール依存症からの回復過程にあるゲイの劇作家であり、本作の主人公ジョシュの設定には、自身の経験が色濃く反映されている。フィクションではあるが、回復体験や祖父母との関係性など、ブラッシュ自身の人生の一部がインスピレーションとなっていることは明らかである。
このタイトル「The Reservoir」には二重の意味がある。一つは文字通りの「貯水池」であり、物語冒頭でジョシュが酔って意識を失った後、デンバー近郊の貯水池のほとりで目覚める。ここは彼の「記憶の空白」や「コントロールを失った瞬間」を象徴する空間となっている。
もう一つは、脳の「認知予備力(Cognitive Reserve)」という概念である。これは教育、運動、社会的交流などによって蓄積される「脳の予備容量」を指し、この蓄積が多いほど、認知症の進行に対して機能を維持しやすいとされる。一方で、症状が現れ始めると急速に進行するケースもあるとされ、本作でもその側面が描かれている。
ジョシュは、自身の記憶障害と祖父母の認知症を重ね合わせ、この概念に強く惹きつけられていく。「ほうれん草を食べさせる」「エアロビクスをさせる」「新しい言語を学ばせる」といった試みを通じて、必死に彼らの「脳の貯水池」を増やそうとする。彼自身もまた、頭の中の「霧」が完全には晴れない状態にありながら、家族全員でこの「貯水池」を築こうとするその姿は、どこかコミカルでありながらも切実で、観る者の胸を打つ。
本作は科学団体の委託されていることもあり、アルコール依存とアルツハイマー病がともに記憶や脳機能に影響を与える科学的要素をに着目し、その共通性をドラマとして立ち上げている。水が「流れる」「溜まる」「枯れる」というイメージが、思考や記憶の流れを視覚的かつ象徴的に表現するモチーフとして全編にわたって機能している点は印象的だ。
主演ジョシュ役を演じるのはノア・ガルヴィンである。テレビドラマ『グッド・ドクター』や映画『シアター・キャンプ』などで知られ、若さの中に成熟した感覚を備えた俳優であり、繊細で内面的な演技によって観客を引き込む。
祖母アイリーン役のメアリー・ベス・パイルはトニー賞に2度ノミネートされた実力派であり、深い愛情と同時に越えられない人間関係の境界を理解している人物像を的確に体現している。
また、記憶の衰えに直面しながらも朗らかさを保とうとする祖父シュリンピー役をチップ・ジーンが演じ、ベテランならではの滋味深さと説得力のある演技を見せる。
その他のキャストも経験豊富な俳優が揃い、それぞれが個性豊かな人物像を丁寧に構築している。彼らの確かな演技と、ノア・ガルヴィンによるジョシュの内面への繊細な理解が重なり合うことで、本作は切なさと温かさが同時に残る人間味豊かなドラマとして、深い感動をもたらしている。
Atlantic Theater Company / Linda Gross Theater
336 West 20th Street, New York, NY
上演時間:約1時間40分(休憩なし)
公演期間:2026年2月24日〜3月22日



