1776
1776

1969年にトニー賞最優秀作品賞を受賞して映画化されたこの作品は、1776年にフィラデルフィアで行われた各植民地(当時は13州だった)代表による大陸会議の様子を描いたミュージカルだ。事実を元にしたフィクションで、台詞や歌詞は実際の会議のメンバーの手紙や記録から取ってきたものもあると言う。主人公は、当時イギリスの圧政からアメリカを解放しなければならないと考えたジョン・アダムス。正直で弁舌が苦手なため、多くの人の前で話すことを嫌い、他の議員からの評判が悪かった。そこで説得力のある弁舌家ベンジャミン・フランクリンと、文書力の優れたトーマス・ジェファーソンと組む。最初はイギリスとの決別という無謀なアイデアに反対する議員は多かった。しかし3人は独立宣言の原案を元に、大陸会議のメンバーと文書を推敲しながら、皆の承認が得られるまで説得と書き換えを繰り返し、最終的には全員一致で独立を宣言するまでに辿り着く。

あらすじ&コメント

従来は歴史に忠実に、全員が白人男優で演じられてきた作品だった。しかし今の時代へのメッセージとして敢えて女性、トランスジェンダー、ノンバイナリで構成され、アジア人や黒人も含まれるリバイバル作品となっている。脚本はそのままに音楽のアレンジや振付や演出など、様々な面で新たな創造がなされている。「この様な再構成は、今ではほとんど忘れ去られてしまった、建国の父たちのコミュニティへの思いを観客に呼び起こすためのものだ」と事前に読んでいたので、理屈っぽいメッセージがあるのかと身構えて劇場に行ったのだが、実際には押し付けがましさは無かった。男性がポニーテールのかつらを被りフリルのついた上着を着ていた当時の映像と見比べると、女性がズボンを履いている方がよっぽど自然だった。舞台の最初、普段着で出てきた全員が前に一列に並べられた当時の議員の靴をそれぞれが履く。そして黒い靴下(スパッツ)を膝まで上げる。すると皆当時の議員ぽくなってしまう。そんな衣装のアイデアも良かったし、トニー賞受賞作品だけあって台本も楽曲も良く出来ている。また13州の代表者のキャラクターがそれぞれメリハリがあり、個性的に描かれている。まるで歴史が作られていく詳細な様子を垣間見ているようで退屈になる暇がない。何よりも主役だけでなく皆歌が非常に上手く全員のレベルが高くて、性や人種などはすぐに気にならなくなった。

家族思いのジョン・アダムス(骨太で背の高いクリスタル・ルーカス-ペリー)とほとんど家に帰らない夫を想い家庭を守る妻のアビゲール(アリソン・ダニエル)のデュエットは、同じ女性の声ということもあるのだろう。美しくハモっていてうっとりした。当時ジェファーソンの妻が妊娠していたと言う事実を表現するために、演ずるエリザベス・A・デイビスがクッションをお腹に入れているのかと思ったが、実際に彼女は6〜7ヶ月の妊娠中だったらしい。制作側は歓迎した様だが、か細い体格のデイビスのお腹が大きくぽっこり出ているので、今にも陣痛が始まるのでないかと相当気になった。

多くの討論でやり取りを繰り返す会議の様子はかなり興味深い。既に東北部の湾岸ではジョージ・ワシントンが指揮をとる兵士たちが苦戦を強いられており、13州が一丸となって戦うしか勝つ見込みはなかった。毎日の様に馬を走らせた伝令が戦況の厳しさを報告するのだが、大陸会議では討論が繰り返される。やがて会議の内容は、イギリスからの離脱ではなく奴隷の禁止に移っていく。なぜならジェファーソンが独立宣言の中に、「人は皆自由で平等であり、イギリスに抑圧されているアメリカはイギリスの奴隷ではない〜、〜イギリスから引き継いだ奴隷制度も廃止して、独立を宣言する」という条文があったのだ。しかし南部代表の議員は経済的な理由から「その条文を削除しない限り承認はできない」と強硬に反対し続けた。そして7月4日が来る。戦場からの伝令は赤く血に染まった包帯を幾重にも巻いた足を引きずりながら、「これ以上は持たない」と言うワシントンからの手紙を会議長に渡すのだった。「まずはイギリスからの独立を優先しなければならない。奴隷廃止はその後だ」とベンジャミン・フランクリンから諭されたジョン・アダムスは、仕方なくその条文を断念して削除するのだった。そうやって独立宣言は最初のドラフトのように素晴らしいものではなくなったが、この宣言の下に全13州が団結して戦うことを決め、歴史の大きな第一歩が始まった。

貧しい家庭に生まれたオプラ・ウィンフリー(スピルバーグ監督のカラーパープルで映画デビューした名テレビ司会者)がアメリカのエンタテイメント界で一番リッチな女性であることを思えば、多くの間違いや失敗を繰り返しながらもアメリカは前進し続け、今もそのプロセスの途中であることを人々は誇りに思っていいだろう。実際にはあの時どの州が奴隷廃止に反対したかの記録は正式には残っていない。が後のジェファーソンの手紙には「反対派はいくつかの南部の州が中心になっていた。しかし北部の州にもはっきりとは口に出さないが同じ意見の人もいたと思われる」と書いてあったそうだ。南部の州サウス・キャロライナの議員を演じたのはオリエンタル系のサラ・ポーカロブと言う女優だった。流石にこの役を黒人や白人が演ずると何らかの物議をかもすだろうから、黒人奴隷問題に関わりのないアジア人が演じたのだろう。このポーカロブの演技と歌は素晴らしく「こんなアジア人がいたのか!?」と感激した。案の定彼女はこの役で一躍評判になる。しかしインタビューでバカ正直にボンボン答えたので、後に関係者やSMSで叩かれる事になってしまった。けれどもこの話は作品から逸れるので、またの機会があったら話したい。
10/12/2022

American Airlines Theatre
227 West 42nd Street
between 7th and 8th Avenues
公演時間:2時間45分(休憩一回)
公演期間:2022年9月16日〜2023年1月8日

舞台セット:8
作詞作曲:8
振り付け:7
衣装:8
照明:8
総合:9

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