ビューティフル・ノイズ
あらすじ&コメント
脚本は『ボヘミアン・ラプソディー』を書いたアンソニー・マッカーテン。演出は『春の目覚め』でトニー賞最優秀演出部門を受賞したマイケル・メイヤー。振付は『ハリーポッターと呪いの子』のスティーブン・ハガード。そして若い頃のニール・ダイアモンドを演じるのは多くの役柄をこなせるトニー賞受賞者ウィル・スワンソン。老成した今のニールを演じるのはブロードウェイで『オペラ座の怪人』を3年間勤めた実力派マーク・ジャコビーだ。
先に苦言を呈するならばヘアーメイク(かつら)と衣装は残念だった。頭皮から浮いたリーゼントと長髪、スパンコールが入ってキラキラする服。それらは当時を忠実に復元した結果なのだろう。だが現代の目で見ると、まるでキャバレーショーみたいだった。ニールの実績を正確に再現するのも大切だが、ミュージカルらしく、多少妥協してもいいから格好良く描いて欲しかった。
ストーリーは、80歳を過ぎた彼がセラピストと話すシーンから始まる。最初ニールは心を閉ざしていた。だがやがてこれまで生み出してきたヒット曲にまつわる出来事を、たどたどしく話し始める。
ニール・ダイアモンドは何事にも自信を持てない若者だった。自分の名前ですら嫌で変えたいと考えていた彼は、歌声も人には聞かれたくなかった。それでソングライターとしてスターのヒット曲などを書いていた。モンキーズの「I’m a Believer」などがそうである。それがある時、プロデューサーに背中を押されてレストランなどのライブで歌うようになる。そうやって徐々に人前で歌うことに慣れていき、遂に彼が唄う「Solitary Man」がヒットする。シンガー・ソングライターとしてのニール・ダイアモンドの始まりだ。
そんなニールは長い間、鬱に苛まれていた。「頭の上に覆い被さる灰色の雲」が流れ去って、喜びを感じられるのはステージの上で歌っている時だった。そんな事情もあってステージを続けて家に帰らない彼の結婚生活は、二度も破綻する。
また歌作りの考え方の違いがあって契約していたバング・レコードBang Recordsとの契約解消を図るのだが、マフィアと関係があったこの会社と騒動が持ち上がってしまう。それでも新曲「Sweet Carolina」が成功して何とか独立。その後もヒットを出し続ける。しかし海外ツアーを控えた76歳の時、ドクターストップがかかる。コンサート・ステージに立った時に鬱から開放される彼にとって、それは辛いことだった。それでも彼は、セラピストと共に「頭の上に覆い被さる灰色の雲」の正体を探り続けるのだった。
ちなみにセラピーが何日も続いているのを表現するため、椅子に座ったニールの衣装が一瞬で替わる工夫がなされていた。いわゆる歌舞伎の「引き抜き」だ。あそこからヒントを得たのかも知れない。
なお舞台ではドクターストップの理由は、明かされない。だが当時の記者会見で彼は、パーキンソン病、と話している。
本作品はデューク・ボックス形式のミュージカルなので、歌を知らないと満喫出来ないかも知れない。しかしニール・ダイアモンドには数々のヒット曲があるので、いくつか聞き覚えのある曲を楽しめる筈だ。追記する「ネタバレ」中で触れるラストシーンも、感動できるいい作品に仕上がっている。
82歳の今も機会があれば人前で歌うという彼は、同作品のオープニングの日にボックス席から立ち上がって観客を驚かせた。そして挨拶するだけでなく「Sweet Carolina」など数曲を歌って観客と俳優らを歓喜に浸らせたと、ニュース紙に載っていた。
ネタバレ:
セラピストと共に鬱の原因を探す二人が最後に辿り着いたのは、彼のルーツだった。ロシアでの弾圧からアメリカに逃れてきた両親は、新しい生活を送っていても常に社会への恐怖を拭えなかった。その恐怖は両親からニールへと受け継がれ、心の底に闇となって淀んでいたのだ。それを発見したニールは、初めて自分の殻を破った高揚感から「I am,,, I said」を歌い始める。それまで一度も歌っていなかったマーク・ジャコビーによる大団円だったが、75歳とは思えない力強い歌声が観客を魅了した。心を打たれ、涙する人も多かった。
(1.26.2023)
The Broadhurst Theatre
235 W 44th St, New York
公演時間:2時間(休憩一回)
公演期間:2023年12月4日〜