A Strange Loop ストレンジ・ループ(不思議の環)

A Strange Loop
ストレンジ・ループ(不思議の環)

ミュージカル ブロードウェイ
A Strange Loop
ストレンジ・ループ(不思議の環)
A Strange Loop ストレンジ・ループ(不思議の環)

新人マイケル・R・ジャクソン の脚本・作詞・作曲による半ば自叙伝的ミュージカル。2019年、コロナ前にオフ・ブロードウェイで公開され、ドラマデスク賞、ピューリッツァー賞(ドラマ部門)を受賞している。その後地方のトライアウトとしてワシントンDCで公演されて成功を収め、今年2022年にブロードウェイにやってきた。6月12日に予定されているトニー賞では、最優秀ミュージカル作品賞の筆頭候補と言われている。

あらすじ&コメント

25歳の主人公はニューヨーク大学でミュージカル制作を専攻した。しかし卒業後も希望した創作の仕事は見つからず、今はデズニーのミュージカル『ライオンキング』を催している劇場で、体に合わない赤い帽子とジャケットを纏って客席の案内係をしている。客席の案内係のことを英語でUsher と呼ぶが、それが主人公の呼び名アッシャーとなっている。彼は黒人のゲイで、そして太り過ぎている。そんな彼は、米国社会の主流からは外れたところで、孤独な生活をしながら自分を見つめていた。そして、そんな自分を別の自分が見つめていて、その別の自分の中にも、もう一人の自分がいて見つめている、と言うような終わりのない環にはまって自己嫌悪に悩まされている。

なんとかミュージカル・ライターとして新しい人生を歩み始めたいと思っている彼の1日は、心の中にいる6人の自分との対話から始まる。それは「自分を罵る自分」、「お母さんの声をささやく自分」「安易にセックスをしないように気をつけろと言う自分」、あるいは「楽しく行こうぜ、と軽いノリの自分」などで、5人の男優と1人のトランスジェンダーの女優によって演じられる。

ある日彼は、家族の家を訪れる。商業的なミュージカルに反発しながらも、父親を「ムファサ」、母親を「サラビ」、妹を「ナラ」など、ライオンキングの家族の名前で呼んでいるところが可愛い。彼は、生活の辛さや悩みを両親に相談してみよう思ったのだった。が、そこには半分アル中の父と、娘や親戚のことで頭がいっぱいの母親がいた。彼らにはアッシャーの話を聞く余裕など全くないようだ。ともかくそれでも、彼は思い切って母の心に踏み込んで打ち明けてみる。しかしキリスト教の信仰が篤い母親は、息子がゲイであることに深く失望していたことを知ってしまう。

心の中の自分を演じる6人は、両親や性的関係を持つ男性、エージェントなどの俳優も掛けもっていて、彼らは全員黒人である。今年のブロードウェイはBLM(Black Lives Matter)の流れを受け、「The Lehman Trilogy(リーマン家の人々の3部作)」では、ドイツからアメリカに移民してきた3兄弟の1人を黒人が演じていたりする。少数人種にも舞台で演じるチャンスを与えることは、黄色人種である私に異論はないが、あのようなキャスティングには不自然さを拭えない。しかし今回の『ストレンジ・ループ』を黒人が演じるのは自然であり、同時にそれだけに留まらない普遍的なテーマが語られている。観客は笑ったり涙しながら「自分とは一体誰なんだ?」と人間なら誰でも抱く迷いや不安に共鳴し、「ゲイで黒人で肥満」と言う特殊な立場を越えた見ごたえのある作品となっている。

二幕目の「エイズは神からゲイへの罰だ」とゴスペル風に歌われるシーンでは、高い歌唱力と、いわゆる日本の演歌でいうところの「こぶし回し」の技が問われる。そこでは6人の合唱力もさることながら、アッシャーを演ずるジャックエル・スピイヴィ(Jaquel Spivery)も素晴らしかった。彼は今回がプロとしての初舞台だったからだろう。第一幕では若干緊張が感じられたが、この第二幕では、作品中で一番の力強いシーンを見事に演じていた。

ジャクソンの脚本、歌詞はユーモラスにあふれていて、巧みな言葉遣いと相まって知的な刺激を与えてくれる。そこにはかなり俗語や人名が出てくるので、可能であれば観劇前に台詞を手に入れ、読んでおくと更にエンジョイできるだろう。メロディーは歌詞に比べると単純な節の繰り返しが多いので、覚え易いかも知れない。
04/29/2022

Lyceum Theater
149 West 45th St.,  New York, NY
公演時間:100分(休憩なし)
公演期間:2022年4月14日〜

舞台セット:8
作詞作曲:8
振り付け:7
衣装:8
照明:8
総合:9
Photo by Marc J. Franklin

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