チェス
あらすじ&コメント
傲慢でトラブルメーカーのアメリカの天才プレイヤーフレディーと、内向的で家族のいるソ連代表アナトリーの対決を軸に、SALT II条約交渉やなど、当時実在した冷戦イベントがストーリーに織り交ぜられている。ハンガリー出身の難民でフレディーの右腕であったフロレンスが、ソ連選手アナトリーと関係を持つことで三角関係が生まれ、物語は緊張感を増していく。
オリジナルの作詞とストーリー原案を担ったティム・ライス自身はインタビューで実際の過去のチェスの米ソ対戦や、亡命事件から着想を得た、と語っている。しかし、1986年のロンドン初演版と1988年のブロードウェイ版では、大きく失敗。理由としては、ストーリーの複雑さや政治描写の扱い、キャラクターの動機付けが曖昧さが挙げられた。それ以後、ティム・ライスとABBAのベニー&ビョルンらののクリエイター陣は、改訂版を歓迎してきた。
日本版でも、2012〜2015年のコンサート/ミュージカル版から2020年の日英キャスト版で台本を一新するなど、調整が入っている。つまり、ツアー版、コンサート版、スウェーデン版、オーストラリア版などで世界中で新しい脚本が創られるのが、この作品の特徴であり、「伝統」のようなものだ。
今回のリバイバルは、ロンドン版をベースにしつつ、冷戦の政治的緊張を強調したり、21世紀的なジョークを追加したり、新しいエンディングにしたりと、かなり大胆に手を加えている。まさに「新しい脚本で再挑戦」という試みだ。
成功度
2025年12月28日時点では、累計グロス(総売り上げ)約2200万ドル。プレビュー初期(10月):初週(4公演のみ)で$1.2M、続いて$1.86M(7公演)と好調スタートしている。感謝祭の週もインペリアル劇場の記録を更新した。プレビュー開始(2025年10月)から約2ヶ月半でこの数字は、大成功と言える。平均チケット価格は$174.49で、平均席料率96.75%とほぼ満席続きだ。
<作品の詳細>
ロンドンでは1994年、コンサート版の公演が行われた。曲のポップ/ロックの完成度が非常に高いため、コンサート版にする価値が十分あったからだ。目玉である音楽を最優先に前に押し出したこのスタイルは、脚本の弱さをカバーする有効な手段として、それ以降も世界的に広まった。
今回、マイケル・メイヤーも、生演奏の臨場感を観客に直接届けたいという意図が強かったのだろう、大規模なオーケストラを舞台上に配置した。そして登場人物は演技をしつつ、ほとんど歌手として観客に向かって歌う。いわゆる「コンサート+演技」のハイブリッド形式だ。そして舞台装置はミニマルに抑えられた。複雑なセットや派手な舞台で観客の注意が物語の細部に逸れてしまうのを避けたのだろう。シンプルな舞台で「曲の力」で勝負したと言える。
また、おそらくオーケストラ・ピットを使わず装置をミニマルにすることで、劇場費や装置費も抑えたのだろう。その分を演者に回したのではないかと思われるほど、「ボーカル・グランドマスター(歌唱の最高峰)」と称賛されるほどのキャストが揃っている。
フレディ役は、『ムーラン・ルージュ!』でトニー賞を受賞した アーロン・トヴェイト。傲慢で挑発的、そしてセクシーな悪役像が評価されている。2009年の『ネクスト・トゥ・ノーマル』でブレイクした彼の圧倒的な歌唱力は健在で、「ワン・ナイト・イン・バンコク」ではロックナンバーにおけるカリスマ性とボーカルパワーを存分に発揮している。
フローレンス役の リー・ミシェル は、三角関係の中で葛藤する女性を演じる。感情表現がやや薄く見える時もあるが、それは脚本上の制約による部分も大きいだろう。どこか イディナ・メンゼル を想起させる瞬間もある彼女は、力強いベルティングと安定した歌唱で、「Heaven Help My Heart」を歌い、アナトリーの妻とのデュエット「I Know Him So Well」でも、観客を魅了する。
アナトリー役を務めるのは ニコラス・クリストファー*2。バミューダ出身の力強いバリトンで、広い音域と表現力が高く評価されており、トニー賞候補の声も上がっている。「Anthem」を深みのある声で歌い上げる姿は圧巻だ。
さらに 審判役として ブライス・ピンカム が加わる。『紳士のための愛と殺人の手引き』(2013–2015)でトニー賞にノミネートされたベテランで、チャーミング、かつウィットに富んだ演技が印象的だ。
ダニー・ストロング の新脚本では、この 審判役の役割が大きく拡張され、単なる審判ではなく、ナレーター兼メタ的解説者としてショー全体を導く存在となっている。観客に直接語りかけ、冷戦の文脈を説明し、現代的なジョークを交え、ときに自嘲的に歌うなど、そのユーモアが効果的に機能している。
本作最大の見どころは、やはり「ワン・ナイト・イン・バンコク」だろう。1980年代的なシンセポップにラップ調の語りを組み合わせたロックナンバーで、耳に残るメロディとビートが特徴だ。
1984年にシングルとして先行リリースされ、全英3位、全米3位の大ヒットを記録したこの曲は、しばしばバンコクのナイトライフ讃歌と誤解されがちだが、実際にはチェスに没頭する男の冷めた視点から描かれた皮肉な都市像である。
今回のプロダクションでは第二幕の幕開けに配置され、派手な照明の中、ピンクの下着姿の女性アンサンブルと男性ダンサーが絡み合う踊りは極めてセクシーで、観客を沸かせるシーンとなっている。振付の ロリン・ラターロ によるエネルギッシュなダンスは、ミニマルな舞台装置を補うかのように強い印象を残す。
総評
批評家からは「音楽は最高だけど脚本はまだ課題が残っている」「これまでで一番エンターテイニングかも」と評価が分かれている。キャストの歌唱力が素晴らしいので、ABBAのファンにはたまらないだろうし、主演3人が描く三角関係のセクシーさや緊張感はなかなか見応えがあり、スター性の溢れる舞台だ。
同時に、全体的に高い声域を要求される高音の輝くアレンジが多く、男性陣を含めても高い声ばかりが続く印象がある。また、米ソの対戦の背景で進む政策や策略の話が、当時米国に居なかったというのもあるだろうが、複雑な事柄が早いテンポで進んでいくので、だんだん背景にある政策の詳細がわからなくなってくる。 「よくわからなかった…」となっても、「曲が最高だった!」で満足してもらおう、というのが狙いなのだろう。が、コンサート風に演者がシンプルに正面を向いて歌い、ミニマルな舞台も手伝って、この2時間40分の尺は多少長く感じられた。
しかし、今までの道のりを考えれば今回のリバイバルはやはり凄いものと言える。まだまだこれからも完全版を求めて改善され続けていくことを楽しみにしたい。
補足
*1 エイブル・アーチャー演習
米国による核戦争の演習を、ソ連が本物なのではないかと疑った為に核戦争になる寸前にまで至った話)
*2 ニコラス・クリストファー
ブロードウェイ・デビューは2013年『モータウン:ザ・ミュージカル』のアンサンブル。その後、『ハミルトン』(2016–2025)でジョージ・ワシントン役、アーロン・バー役などを務め、『ミス・サイゴン』(2017–2018)ではクリスの友人役を演じた。
そして『スウィーニー・トッド』(2023–2024)ではアドルフォ・ピレリ役として出演し、スタンバイとしても活躍した。2024年1月17日〜2月8日には、ジョシュの契約終了後、今回一緒に舞台に出ているアーロン・トヴェイトがスタートするまでの約3週間、正式にスウィーニー・トッド役を務め、その情感豊かな歌唱が、ジョシュの落ち着いたスタイルとは対照的に新鮮で、観客から大絶賛され、彼の歌唱力が証明された。
(12/19/2026)
Imperial Theatre
249 West 45th Street, New York)
上演時間:約2時間40分(1回の休憩を含む)
公演期間:2025年11月16日〜2026年5月3日(当初の予定の3月15日が、人気により延長)






