2022年にカリフォルニアで初演された同ミュージカルの物語の舞台は、アフリカのケニア東部に位置する海辺の街モンバサ。
街にあるモト・モトの名で親しまれている若者に人気のジャズクラブが主な舞台で、人間と神々の世界で進行していく。
女神マリンバは邪神である母ワタマラカから戦を掌ることを強要される。
しかし、戦の女神になることを忌避したマリンバは、争いを始めようとする人間の兵士たちから弓を取り上げ、それに弦を張って楽器に仕立てて地上に送り返した。
そして天から舞い降りてきた管弦楽器が奏でられると兵士たちは歌い出し、人々は音楽の醍醐味を知り愛で満たされていったのだ。
こうしてマリンバは一転して戦ではなく音楽の女神となったが、母ワタマラカとの軋轢は避けられない状態となる。
マリンバは仕方なく自身の姿をかねてから憧れてきた人間に変え、現代のケニアのモンバサの街に降り立ち、ナディラと名乗りジャズクラブのモト・モトに住み込み、歌手として働くようになった。
そんなナディラに心を奪われるのは、サックスの名手でニューヨークから戻ってきたばかりの人間の青年オマーリ。
彼はモンバサの知事である父親が体調を崩したことから、後継者となるために故郷に戻ってきたのだ。
女神とは知らずナディラの歌声に魅了され、惹かれていくオマーリだが、人間と神との恋愛は難しい。
ナディラもサックス奏者として音楽の才能に溢れるオマーリに惚れていくが、邪神の母ワタマラカに知られたら彼女の逆鱗に触れ彼の命が絶たれてしまうのは明らか。
神と人間との決して成就することのない恋が、ジャズクラブの関係者たちの恋愛模様とともにテンポ良く描かれていく。
劇的な展開や奥深いストーリーはないものの、上演時間が休憩込みの2時間20分とボリュームはあり、全体的に平坦な内容に捉えられなくもない。
とはいえ、恋愛や神話、そして音楽への熱情という親しみやすい題材を取り上げ、アーティスティック性が際立つ作品としてかなり完成度が高く、幅広い観客の支持を得られるミュージカルに仕上がっている。
客席に入るとまず目を引くのが、ステージ中央に地中深く根付いた大木が設置され、周囲の壁に無数の蔦の張ったジャズクラブのモト・モトの装置。
そこにはバーが併設され、楽器が置かれたパフォーマンス・スペースもある。
さらに壁には多数の伝統的なアフリカン・アートがあしらわれており、シャーマニズムの神聖な雰囲気を醸し出していく。
このジャズクラブで物語の大半が進行し、総勢17名の出演者全員による見事な歌唱力を満喫できるひと時が、理屈抜きで心地よいミュージカルとなっているのが一番の見所だ。
祭事などにおいて部族の歩みなどの歴史を伝承していく語り部や音楽家たちを、西アフリカでは“グリオ”と呼ぶが、同ミュージカルでは“グリオトリオ”と名付けられた女性シンガー3名が、ナレーターとして登場する。
ジャズクラブの人気トリオという設定だが、彼女たちがヒロインの女神とその母親の邪神との仲違いの神話も歌で紹介していくという趣向だ。
神々の世界を3名の女性コーラスがナレーターも担うため、ミュージカル『ザナドゥ』や『ヘラクレス』、そして『ハデスタウン』を彷彿とさせる定番の設定となり、賢明な選択となった。
アフリカ色の濃さも同作品の売りとなっており、ケニアを舞台にした劇中では要所ようしょにあるスワヒリ語の台詞や歌詞が印象的。
そして音楽の女神マリンバとその母親となる邪神の神話のくだりは、パペットを使って伝えられていく。
アフリカン・テイストが加味されたスピリチャルなパペットが複数の出演者によって操られ、その巨大感で圧倒していくのだ。
音楽への尊重をテーマに掲げ、その大切さを訴えていく内容もあり、プロローグとフィナーレも含めた全22曲のミュージカルナンバーはどれも耳馴染みがよい。
ジャズ、R&B、ポップ、ソウル、アフロビート、そしてタアラブとバラエティに富んだ楽曲が目白押しとなっている。
作詞・作曲・編曲は、今年に入ってからニューヨーク演劇界で頭角を現すようになったマイケル・サーバー。
彼はこの春、ブロードウェイで開幕した歌手ボビー・ダーリンの伝記ミュージカル『ジャスト・イン・タイム』で編曲を手掛けて劇場街でのデビューを果たしたばかり。
その才能が認められ、トニー賞で候補に上げられ、ドラマ・デスク賞では編曲賞を獲得した。
幅広いジャンルが楽しめるミュージカルナンバーとなるが、それを彩るダレル・グランド・モルトリーによる力漲る振付けも観客を飽きさせない。
ブロードウェイではストレートプレイのみでの振付師としてのキャリアしかないが、彼もまた今後の注目株となりそうだ。
同ミュージカルの火付け役は、演出と脚本を手掛けたケニア出身のサヒーム・アリとなり、彼が学生だった2007年に、故郷のアフリカと音楽の女神マリンバにまつわる作品の創作を始めたという。
彼はパブリックシアターのレジデント・ディレクターとして、パンデミック後のここ4年の間にニューヨーク演劇界で幅広く活躍するようになり、今年はミュージカル『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』をブロードウェイでヒットに導いて間もない。
マイノリティーや移民、そして外国人に焦点を当てた作品の演出に定評があり、フィールドの異なる人材とのコラボレーションも得意とすることから、その才能が今回のミュージカル『ゴッデス』でも発揮された。
今シーズンのブロードウェイでは、2026年4月の終盤までに開幕を予定している新作ミュージカルが現時点で4作品しかない。
先シーズンに16作品の新作ミュージカルが幕を開けたことを振り返ると、その少なさは歴然としている。
果たしてミュージカル『ゴッデス』が今シーズン中にブロードウェイに挑むのか、期待が募るばかりだ。(5/25/2025)