Harmony
ハーモニー
Harmony ハーモニー

自由の女神が一望できるマンハッタンの南端に位置するユダヤ人遺産博物劇場で3月下旬から上演されているのが、新作ミュージカル『ハーモニー』だ。1960年代から今日まで活動を続け「哀しみのマンディ」を始めとする多くのメガヒット曲で知られる歌手バリー・マニロウが作曲を手掛けていて、この春のニューヨーク演劇界で注目を集めている。

あらすじ&コメント

作詞と脚本は「コパカバーナ」などのヒット曲をマニロウと一緒に生み出してきたブルース・サスマンで、同ミュージカルは、コメディアン・ハーモニスツと言う名の実存したドイツの6人組の男性ボーカル・アンサンブル「コメディアン・ハーモニスツ」を描いたもの。1933年のニューヨークのカーネギーホールでのコンサートに始まり、バリトンを担当したメンバーの1人ラビ(ニックネーム)が晩年に過去を振り返る形で進行する。

1927年から1934年まで活躍したグループは、20以上の映画に出演するほどヨーロッパ全土で人気を博していた。1933年のニューヨーク、カーネギーホールでの遠征公演を成功させたメンバーたちは、母国ドイツでの政局に鑑み、アメリカに居続けることもできたが、故郷のドイツに戻ることを選択してしまう。ユダヤ系ドイツ人が3人、ユダヤ系の女性と結婚したメンバーが1人いた彼らを帰国後待っていたのは、勢力を伸ばしてきたナチス・ドイツによる迫害だった。グループの活躍の場は徐々に奪われていき、翌年には母国での活動を禁じられ解散を余儀なくされる。ユダヤ系の妻は行方不明となり、ドイツ人のメンバーは尋問された後、他の地方に移り住み、ユダヤ人のメンバーは命からがら他の国々に散らばり、6人が揃うことは2度となかった。

激動の時代を歩んだコメディアン・ハーモニスツだったが、アメリカではその存在は殆ど知られることはなく、戦後1970年代に彼らのドキュメンタリー番組が制作されたことが、ミュージカル創作のきっかけとなったそうだ。当時、存命していたラビから直接話を訊き、彼を主人公の狂言回しとした作品が生み出された。ナチス・ドイツによる弾圧を描くという点では、ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』や『キャバレー』などとも共通し、ニューヨークの劇場に多いユダヤ系の観客や劇場関係者が興味を示す内容で、ブロードウェイに相応しい有望株だと考えられた。しかし、資金不足や地方での劇評がイマイチだったりなど、今回のニューヨーク上演に至るまでには紆余曲折があり、20年以上の歳月を要した。

今回のオフ・ブロードウェイでの上演開始までの道のりも、演出家の体調不良や新型コロナウイルス蔓延など平坦なものではなかった。この作品のプロデューサーのナショナル・イディッシュ・シアターは、2018年にイディッシュ語で語られ歌われたミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』を手がけ、今回と同じユダヤ人遺産博物館で上演して成功を収めている。『ハーモニー』は現時点では5月上旬までの期間限定公演だが、もし好意的な劇評に恵まれた場合はブロードウェイで上演させる予定だと思われる。ベテランのチップ・ジエンを老後のラビとし、主演女優にソプラノのシエラ・ボーゲスがキャスティングされるなど、ブロードウェイを視野に入れてのニューヨーク初演となった。

ヨーロッパやアメリカで大人気だったことで、普通のユダヤ人と違い命を取り留めた3人ではあったが、一時は民衆に愛されながらも彼らを逃亡するまでに追いやるナチス体制の拡大の様子が、彼らのコンサートにファンと称して何度も顔を出すドイツ将校夫婦を通して描かれる。チップ・ジエンはラビだけでなく、他の多くの役をユーモラスに巧みにこなすのだが、アルバート・アインシュタインも演ずる。ニューヨークで6人のメンバーに会いに来て、故郷のドイツ国について警告していく場面は興味深い。アインシュタインはやはり同じ頃アメリカに来ていたが、ドイツに戻らなかったユダヤ人だった。

この作品がブロードウェイで上演出来ることを期待はしているものの、未だハーモニーが素晴らしく合っているとは言いがたく、そこをレベルアップしないことには難しい。ストーリーが心迫るものであっても、まずは歌声で観客を唸らせて欲しい。アカペラもハーモニーも優れていたと言う実存したグループを取り扱うミュージカルなら、それは尚更だろう。

作曲のバリー・マニロウには、筋金入りの40歳以上の女性ファン層がいるらしく 苗字「マニロウ」と「ファン」を掛け合わせて「ファニロウ」と呼ばれ、隣のニュージャージー州などに多く住んでいるらしい。ミュージカル『ハーモニー』の楽曲はバリー・マニロウが2004年に発表したアルバムにも含まれており、シンプルでありながら綺麗なメロディーだ。こうした大ファンのファニロウたちは、ニューヨークでの初演を長年待ちわびてきた。たとえ、バリー・マニロウ本人が出演しなくても、彼女たちにとっては満を持してニューヨークで上演されるミュージカルを観にくるだろう。近年はあまりメディアへの露出をしない現在78歳のバリー・マニロウが、今回は積極的にインタビューなどに応じて作品のPRに力を注いでおり、この380席でのオフ・ブロードウェイ初演は多くの関心を集めている。そして、独裁政権の犠牲というテーマが今に相応しいと、興味を示す観客も増え続けているようだ。
04/30/2022

イディッシュ語 :ヨーロッパのユダヤ人の間で話されていたドイツの方言の一つ。ナチスによってイディッシュ語を使う人口が急減したが、多くはユダヤ系ロシア人やアメリカ人、イスラエルで使われている。一方、ヘブライ語は古代のユダヤ教の言語で、寺院や聖書の文字として使われていたが、今ではイスラエルの正式の言語として口語としても使われている。

Museum of Jewish Heritage
36 Battery Place, New York, NY
公演時間:2時間30分(一回休憩)
公演期間:2022年3月23日〜5月15日

舞台セット:9
作詞作曲:9
振り付け:7
衣装:8
照明:8
総合:8
Photo by Julieta Cervantes
Photo by Julieta Cervantes
Photo by Julieta Cervantes
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