Hell’s Kitchen ヘルズ・キッチン

Hell’s Kitchen
ヘルズ・キッチン

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
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ヘルズ・キッチン
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今シーズンになって、制作費が2千万ドル超の2作品のミュージカル『ワンス・アポン・ア・ワン・モア・タイム』と『ヒア・ライズ・ラブ』が、相次いで開き、そして短命に終わった。そんな劇場街において、先日オフ・ブロードウェイで大絶賛の中で上演を終えたのが、ミュージカル『ヘルズ・キッチン』だ。グラミー賞に15回受賞、アルバムのセールスは6500万枚に及ぶ世界的歌姫アリシア・キーズによる作詞作曲のジュークボックス・ミュージカルで、開演前から大きな注目を浴びていた。

ダウンタウンにあるオフ・ブロードウェイの老舗劇場パブリックシアターは、これまでにミュージカル『コーラスライン』や『ハミルトン』といった名作の多くを初演させてきた。多くの作品が、後にブロードウェイに昇り、演劇史に名を遺すミュージカルと称され、トニー賞に輝いたのだが、今回の『ヘルズ・キッチン』は、このパブリックシアターが手掛けてきた作品の中で、最も高額な制作費がつぎ込まれたとされている。

アリシア・キーズが生まれ育ったのは、ブロードウェイ劇場街に近いのヘルズ・キッチン地区に建つ1977年にオープンした高層アパート、マンハッタン・プラザだ。46階建ての同アパートは一大プロジェクトだったが、当時のヘルズ・キッチン地区はまだ治安が悪く、犯罪や売春などが横行、買い手や借り手が見つからなかった。そのため、低所得のアーティストに安価で貸し出されることとなる。それ以来、数々のアーティストがここで育ち、映画俳優のサミュエル・L・ジャクソンに至っては、ここのドアマンとして働いていたことも知られている。現在でも住人の約70%がライブエンターテインメントの関係者だといわれる。ブロードウェイで活躍する名優たちも住んでいるが、順番待ちで、申し込んでから入居できるまでの年数が長いことで有名だ。

この作品はヘルズ・キッチン地区で生まれ育ったアリシア・キーズの青春時代を基本に、17歳のティーンエイジャーと母親との葛藤を描いている。主人公は、白人の母と黒人の父親との間に生まれ(アリシアもそうだが)、難しい年頃を迎えているアリィと、舞台女優でもある母親のジャージーとなります。ジャージーは2つの仕事を抱えて昼も夜も働くことで生計を立てているが、娘を大切に思うが故に、治安の悪い外界から出来る限り彼女をコントロールしようとする。自分と同じように10代で一人親なるような過を犯させたくない、という心配からなのだが、それは恋愛に憧れる娘アリィとの軋轢を引き起こすことになる。

主人公アリィはナレーターも担い、観客に語りかける形で舞台は進行する。マンハッタン・プラザにある住民が自由に使えるピアノのある広間でピアノ教師と出会い、音楽の才能を開花させていく彼女の成長や、年上の男性との恋などが、アリシア・キーズのヒット曲や同ミュージカルのために書かれた新曲で紡がれていく。劇中で歌われるミュージカルナンバーは、第一幕が12曲、第二幕が14曲。内3曲が、今回のミュージカルのために新たに書かれている。さらに、第一幕で一瞬だけ歌われる1曲だけは、アリシア・キーズが作曲したのではなく、彼女がプリンスと電話で話して許可をもらったという話で有名な歌手プリンスによる曲だ。

このミュージカルは自叙伝とは呼ばれていないが、作り手のアリシア・キーズと登場人物の間には確かに類似点がある。が、舞台では、わずか1、2ヶ月もない間に起こった出来事を追っている為、実際のアリシアのものとは異なる点も多い。例えば、劇中のアリィは17歳で初めてピアノ教師に出会うが、アリシア・キーズは実際には7歳の頃からピアノを始め、15歳の時にはすでに大手コロムビア・レコードと契約していた。さらにはアリシア・キーズが、劇中のアリィと同じ17歳の頃は1998年となり、当時ジュリアーニ市長が治安改善を目的に42丁目の再開発に着手し、廃墟となっていた複数の劇場が改築されてオープンし、ディズニーのミュージカル『ライオンキング』も開幕した翌年である。つまり、42丁目界隈とヘルズ・キッチン地区の治安は急速に改善されており、マンハッタン・プラザの建物の下の階には高級スーパーが店舗を構えていて、劇中で描かれるような危険な場所ではなかったという状況の違いも存在している。この様に、事実とは異なっても、アリシアのことであろう人生を短い期間に縮小して密にドラマティックに描くことが優先されている。そのおかげで、自身の半生を追うためにストーリーがダレてしまったり、事実の詳細を描き過ぎて、登場人物らの心情が描かれきれずに消化不良を起こしがちな自叙伝風ジュークボックス・ミュージカルの欠点を避けられている。アリシアは、演劇的なストーリーに音楽を乗せた作品を作りたかったらしく、そのきっかけになったのが、彼女が共同プロデュースした戯曲「Sticky Fly」(2011年)だった。彼女はその経験を通して、ストーリーを印象付ける為にどうすれば良いかのアプローチの大切さを学んだと言う。そして舞台には、信頼できない父親、パワフルで独占欲の強い母親、人生を変えたピアノの先生など、すべてアリシアの今を形作る為に大きな影響を与えた人々が存在している。

2011年から創作が始まったが、脚本家でピューリッツアー賞にノミネートされていた劇作家クリストファー・ディアズが参加している。2018年、『レント』や『ディア・エヴァン・ハンセン』で知られるグライフが演出家に任命された。 2023年2月までに主要な役がキャスティングされた。残りの役のキャストの募集が2月6日に発表され、オーディションが2023年2月17日にアクターズ・エクイティ・ニューヨーク・オーディション・センターで開催された。17歳のアリィは、輝く天使の声を持つ21歳の新人、マレア・ジョイ・ムーンが、演じている。バギーパンツの下にボクサーショーツ(男性用下着)を組み合わせ、ティンバーランドのブーツという、90年代の都会っ子の服装を身にまとい、子供のようなはしゃぎっぷりと思春期の苛立ちを交互に表現するマレアは、17歳の苦悩を比類なく表現していて可愛く、魅力いっぱいだ。振付師はカミール・A・ブラウンが手掛けていて、ヒップホップ要素が大きく含まれていて、気持ちを表現する個性的な動きだ。

舞台装置は、いたってシンプル。盆舞台を使って、プロジェクターでマンハッタンの街並みなどの風景をバックに映し出していく。その他は、ピアノ、自宅のソファ、棚、アパートのバルコニーを彷彿とさせるマンハッタンらしい装置などなどのイントレで各場面を作り上げていく。これらに加えて、2階建ての櫓がステージ上の両サイドにあり、そこに7人編成のミュージシャンたちが配置される。この2基の櫓はステージ上を前後し、敢えて明るく照らされ、客席からも演奏の様子が見れるようになっている。アリシア・キーズはアンサンブルのオーディションや歌唱指導、ボーカル・テクニックの伝授や、衣装の着かたなど詳細に至るまで、リハーサルやプレビュー公演を頻繁に見学し、深くかかわって来た。

ブロードウェイの近くに住んでいたアリシア・キーズは、TKTSで半額チケットを購入してミュージカル『キャッツ』や『ミス・サイゴン』、『レント』など様々なミュージカルを観劇して育った。彼女は、今回の『ヘルズ・キッチン』は、最初からブロードウェイ上陸を目指していたと言う。そして先シーズンに劇場街で先月(2023年12月)千秋楽を迎えたミュージカル『お熱いのがお好き(Some Like It Hot)』のシューバート劇場で、3月28日にレビューが始まる(開幕は4月20日)。それほど時間がないので、台本などに修正を加える余裕が十分に設けられない可能性があり、3月には8作品もの新作ミュージカルが開幕する予定で、トニー賞では対抗馬が多くなり不利になることも危惧される。

フィナーレではアリシア・キーズがジェイ・Zとコラボして大ヒットした「エンパイア・ステイト・オブ・マインド」が高らかに全員で合唱され、ニューヨークの街そのものを称賛し大団円を迎え、観客を大喜びさせる。オフ・ブロードウェイでの公演中に配布されていたプレイビルの中、劇場の芸術監督の挨拶が掲載されていた。「(同作品は)年頃の女の子が自分自身と家族との関係を見つめ直し、自己発見していく物語なのだ」と述べ、続けてこう書かれていた。「皆で協力し合えば、更にもっと素晴らしい街になる、と言うメッセージを込めたニューヨークに贈るラブソングでもあるんです」。(12/1/23)

リハーサル風景:アリィ(マリア・ジョイ・ムーン)とナック(クリス・リー)

The Public Theater
425 Lafayette St, New York
公演時間:2時間30分(休憩1回)
公演期間:2023年11月~2024年1月14日

舞台セット:7
作詞作曲:9
振り付け:80
衣装:7
照明:7
キャスティング:9
総合:8
© Joan Marcus
@Joan Marcus
Kecia Lewis (the piano teacher)

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