イリノイズ/イリノイ
同ミュージカルは2023年にニューヨーク州のバード大学の芸術祭で初演され、2024年に入りシカゴでの上演を経て、この春のオフ・ブロードウェイ初演が実現した。演出と振付は2018年にブロードウェイでリバイバル公演を行ったミュージカル『回転木馬』でトニー賞の振付賞に輝き、スティーヴン・スピルバーグ監督による映画『ウエスト・サイド・ストーリー』での振付も担ったジャスティン・ペック。脚本はそんな彼と、ピューリッツアー賞の受賞経験もある女性劇作家のジャッキー・シブリス・ダリーが共同で書いた。
ジャスティン・ペック曰く、作品のモデルに据えたのはミュージカル『コーラスライン』とのこと。そのため、登場人物たちが各々の物語を伝えていくコンセプトを取り入れたという。作品はプロローグに加え合計3幕から成るが、実際の上演時間は休憩なしの1時間30分で、若者たちの物語が描かれていく趣向だ。
12人の若手ダンサーが出演し、ステージ上の3名のシンガーがスフィアン・スティーヴンスのスタイルで背中に蝶の羽をつけて、ミュージシャンたちの演奏とともに楽曲を披露しストーリーが展開していく。
物語の主人公はニューヨークに住むゲイの青年ヘンリー。彼は自らの過去の片思いや辛い記憶、そして想いを書いてきた日記を手に、恋人のダグラスの元を離れひとりイリノイ州へと旅に出る。イリノイ州にある森に迷い込むヘンリーだが、彼はそこでキャンプファイアーを囲む同年代の若者たちと出会うのだ。すると、4人の若者が順番に自分の日記に書かれたイリノイ州に因んだ物語を紹介、ヘンリーにも後に続くよう促す。
自分の中に秘めた物語を大勢の前で披露することに躊躇するヘンリーだが、やがて決心し辛い過去を振り返り自身を曝け出す。ヘンリーには、かつてカールとシェルビーという男女の幼馴染がいた。ヘンリーは同性愛者ではないカールに思いを寄せるが、カールが愛していたのはシェルビーだった。カールとシェルビーの男女のカップルの狭間で複雑な思いを抱えるヘンリー。
しかし、シェルビーが不治の病に患い亡くなると、彼女のことを忘れられないカールは傷つき自らの命を絶ってしまう。絶望の中、ダグラスという新たなパートナーを見つけるヘンリーは、カールやシェルビーとの思い出を大切にしつつ、ボーイフレンドのダグラスとともに人生の歩みを進めていくことを決意するのだ。
主にステージの前方がアクティングエリアとして使用され、ミュージシャンたちや、3人のシンガーは上方のユニットに配置され楽曲を提供する。頭上には逆さになった木の装置が吊るされ、森を表現、舞台は至ってシンプルだ。
ミュージシャンやシンガー3人の技術や歌唱力、そしてダンサーたちの表現力にも感銘を受ける。原作アルバムのおよそ20曲が歌われていくが、インディーフォークの音色が心地良く、ライブを観ている感覚でミュージカルが進行していく。
とはいえ、第一幕でのキャンプファイアーを囲む若者たちによる物語が披露される数曲では、多少の知識が必要となるかもしれない。サーカスのクラウン(道化師)に扮したことから“キラー・クラウン”の名で知られる連続殺人鬼のジョン・ウェイン・ゲイシーや、スーパーマンについての逸話など、イリノイ州に纏わる事柄とともに、歌われる原作アルバムの楽曲についての基礎知識が乏しいと難解な内容になっているように感じられた。
オフ・ブロードウェイでは上演開始前から期間限定の公演を延長するほどの人気ぶりで、メディアの高い評価に恵まれると1500席とキャパシティの大きい劇場だったにも拘わらず、連日ソールドアウトで多くがキャンセル待ちの列に並んだ。これを受けたプロデューサーは公演終了前からブロードウェイへの昇格を急遽決定、オフ・ブロードウェイの最終公演から一か月と経たないシーズン最終日の前日にプレビュー公演を行わず正式オープンさせる計画を発表したのだ。もちろん、狙いは6月に発表されるトニー賞。ジュークボックス系ダンス・ミュージカルとしては2003年の『ムーヴィン・アウト』以来の作品賞ノミネートを視野に入れ、2000年の『コンタクト』以来では初のダンス・ミュージカルの作品賞の獲得を目指すこととなった。
唯一の懸念材料は、昨年のトニー賞でオフ・ブロードウェイでの上演が好評だったストレートプレイが、シーズン終盤にわずか2日間のプレビュー公演のみで開幕したが、賞狙いのこの強引なねじ込みから好印象を与えられず、当事者たちが期待していたほどのノミネートを受けなかったという事実。ミュージカル『イリノイ』がブロードウェイでどう評価されるのか、目が離せない。(03/16/2024)
Park Avenue Armory
643 Park Avenue, NY, NY 10065
上演時間:90分(休憩なし)
公演期間:2024年3月2日~3月26日