Jagged Little Pills ジャゲッド・リトル・ピル

Jagged Little Pills
ジャゲッド・リトル・ピル

ミュージカル ブロードウェイ
Jagged Little Pills
ジャゲッド・リトル・ピル
Jagged Little Pills ジャゲッド・リトル・ピル

去年成功裏に終演を迎えたジューク・ボックス・ミュージカルが、ボストンからやってきた。グラミー賞を7回 受賞しているシンガーソングライター、アラニス・モリセットのヒット22曲が散りばめられた作品だ。代表アルバム『Jagged Little Pill』から12曲が歌われ、そのアルバムタイトルがこのミュージカルの題名となっている。直訳すると『ギザギザの小さい薬』となるが、このタイトルのように、彼女の歌は人の注意を誘う不思議な力を持つことで知られている。とは言え、ストーリーとしては「ギザギザ」なところはない。ジューク・ボックス・ミュージカルは、ともすると歌の内容にストーリーを合わせようとして、流れがギクシャクしてしまいがちだ。だがこの作品は、どのシーンも歌とストーリーがピッタリと合っている。おかげでこちらも両者を相乗して楽しめる。

あらすじ&コメント

脚本は、2008年に映画『JUNO/ジュノ』で、アカデミー・オリジナル脚本賞を獲ったディアブロ・コーディによるもので、クリスマスを控えたコネチカット州郊外の愉しげなヒーリーズ一家の物語だ。中心となるのは、この家の専業主婦のMJ、法律家の夫、ハーバード大学への入学を控える息子、そして乳児の頃に養女に迎えた15才の黒人少女だ。MJ達は一見理想的な家族のように見える。しかし彼らが織りなす日常と事件が、幸せそうに見える家庭内のほころびを徐々に明らかにしていく。

主役のMJは体裁を取り繕うことに気を費やす主婦だが、家族にも秘密にしている悩みを抱えている。しかし夫は、家族が贅沢に過ごせる様に、と仕事に一生懸命で毎晩帰りが遅い。娘は自身が黒人であることを母親のMJが一番意識していると感じていて、息子は自分がハーバード大学に値しないと思っている。そしてMJと夫が娘の女友達だと思い込んでいるのは、実は同性の恋人だ。ある日、息子は気晴らしに行ったパーティーで、思わぬ事件に巻き込まれてしまう・・・。

準主役の子供とその友人の高校生を演じる4人は、若く有望なミュージカル俳優達だ。よくぞこんなにも粒選りを集めたものだと感心する。皆、声がいいし声量も抜群。演技も悪くない。底辺が広いブロードウェイだからこそだ。知り合いにミュージカル俳優がいるが、ある作品のオーディションに16回も呼ばれた上に落とされたことがあるそうだ。競争の激しさが窺われる。

そんな選りすぐりの俳優達の中で観客が特に注目したのは、娘の恋人のジョーを演じたローレン・パテンだ。裏声を自在に駆使するアリナス・モリセットの発声は独特で、かなりの技術を要する上、ブロードウェイの俳優には普段求められないスタイルだ。なのに27歳のローレンは、そんな発声方法を軽く操る上、小声で囁くような声(ソットボーチェ)から、劇場隅々まで響くような声まで自由自在にこなす。演技もとても素直で飾りがない。アリナスの代表作の一つ「ユー・オウタ・ノウ」という曲は、自分を捨てた元の恋人に向けた辛辣なメッセージに溢れる。ローレンはその曲を最初静かに歌い始め、最後にはその凄まじくでかい声と全身を使った踊りで、恋人への激しい怒りを舞台いっぱいに爆発させる。彼女が歌い終わった時、劇場はスタンディング・オベーションに包まれた。エンディングではない劇中で、そういうことは滅多にない。

この作品の一つの特徴は、主人公MJ一人に焦点を絞らず、家族やその友人など、6人の物語を各々並行して語られるところにある。複数の主要な役柄と物語を設定し、焦点を中心人物一人だけに当てないこの手法は、最近のテレビ・ドラマで良く見かける。アメリカ中を熱中させたTVコメディー『サインフェルド』が始めたそのスタイルは、日本でも人気だった『フレンズ』に引き継がれ、今日ではもう珍しくない。どちらかといえばそれがブロードウェイにやってくるのが遅すぎる、という印象だ。とは言え、複雑過ぎるという批判もある。確かに『ジャゲッド・リトル・ピル』では、キャラ達のストーリーがそれぞれ社会問題を取り上げており、人種、レイプ文化、鎮痛剤中毒、LGBTQ、気候変動など盛り沢山過ぎて、シンドくないわけではない。

この作品のもう一つの特徴は、宝塚では『エリザベート』の黒天使や『ブラック・ジャック』などで使われている手法で、俳優と同じ衣装を着たダンサーが、その役柄の傍らで、その心の内を表現するというものだ。今まで、高度な振り付けは、違うシーンや舞台上の別な場所でダンサー達が披露するのが一般的だったブロードウェイでは、比較的新しいアプローチだ。

ちなみに先ほどミュージカル俳優のオーディションの話をしたが、ダンサーにとってもブロードウェイに出演するまでの道のりは長い。多くはユニオン(職業別組合)に加盟しているが、たまにユニオンに入っていないダンサーを対象としたオーディションもあるらしい。かなり前の話になるが、それに挑戦した友人がいた。彼のオーディション番号は最後の方でもないのに347番だったらしい。4時間以上待って漸くスタジオに呼ばれると、他の10数人のダンサーと横並びに立たされ、「では後ろを向いて」との掛け声に背中を審査員に向けると、グループの半分が「もういいで〜す」とサヨナラされたそうだ。落とされた本人が面白可笑しく話すので、こちらも笑ってしまったが、ダンサーなのに一つのステップを見せる機会も与えられなかった屈辱は、決して小さくはなかっただろう。しかし、このくらいで傷ついていたら、ブロードウェイでは生きていけない。自分こそが世界一、と信じて練習に励むしかない。実は今回の作品にはリードダンサーの一人として日本人が出ていて、動きが鋭敏なダンスを披露してくれている。

この作品は、辛口のニューヨーク紙が珍しく褒めちぎっていている。話の展開もさることながら、新しいダンス構成のスタイルやアラニス・モリセットの個性的な楽曲が手伝って、独特のミュージカルに仕上がっており、アラニスを聴いたことがなくても、十分見応えのあるエンタテイメントだ。

注:アルバムのタイトルは、カタカナで『ジャグド・リトル・ピル』と書かれているが、実際の発音は「ジャゲッド・リトル・ピル」に近いので、ミュージカルの題名はそう書かせていただいた。

Broadhurst Theatre
235 West 44th Street

公演時間:2時間30分(休憩あり)

舞台セット:9
作詞作曲:9
振り付け:7
衣装:7
照明:8
総合:9
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy

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