Kimberly Akimbo キンバリー・アキンボ

Kimberly Akimbo
キンバリー・アキンボ

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
Kimberly Akimbo
キンバリー・アキンボ
Kimberly Akimbo キンバリー・アキンボ

NYタイムズ紙が劇評家の推奨作品に選出し、タイムアウト誌が2021年の新作ミュージカルのベストと称え注目を集めた作品。通常の4~5倍の速さで老いていく平均寿命が16歳という早老症の病を抱えた女子高生キンバリー・レヴァーコのストーリーだ。

あらすじ&コメント

舞台は2000年頃のニュージャージー州。5千万人に1人の確率で発症するという難病※2により、キンバリーの容姿は老人だが、本当は間もなく16歳の誕生日を迎えるティーンエイジャーだった。両親は何らかの秘密を抱えている様で、一家はニュージャージー州にあるセコーカスの街から、同じ州の小さな街ボゴタに逃げるかのように引っ越してきたばかりで、近所付き合いを避けて暮らしている。父親はアルコール依存症で、妊娠している母親はお腹にいる第二子のことを家族の誰よりも最優先している。また母親は心気症により自身の寿命が長くないと信じて、生まれてくる次女のためのビデオメッセージの撮影に余念がない。さらに家の地下室には、一家から煙たがられているキンバリーの叔母で仮出所中のデブラが住み着いてしまう。

問題の多い家族を持ち「普通な生活を1日でも送りたい」と切望する主人公キンバリーは、冷静な性格の持ち主で、学校では他の生徒とは異なることから孤独を感じながらも明るく振る舞っている。ある日、生物学のクラスで与えられた課題研究で、同じく恵まれない家庭に育った男子生徒のセスとペアを組むことになる。2人はキンバリーの持つ難病を課題研究のテーマにすることにし、時間を過ごす間にお互いに理解を深め、打ち解け合っていく。

その一方で、患った病気の平均寿命である16歳の誕生日を迎えたキンバリーは日を追うごとに健康障害が増していく中で平静を装いながらも、焦りと悲しみを感じることが多くなる。そんな最中に彼女は一家が引っ越しを余儀なくされた理由を知ることとなる。セコーカスの街で健康な第二子を産みたいと願った母親は、遺伝子により起こるというキンバリーの病気を繰り返したくないと、近所の老人と関係を持って彼の子供を妊娠していたのだ。その事実を知り激怒した父親は、叔母デブラにその老人を暴行するよう依頼する。ところが心臓の弱かった老人は、家に忍び込んできたデブラの姿を見た途端に心臓発作を起こし亡くなってしまったのだ。そんな話は彼女を精神的に追い詰めて行ったが、さらには両親との口論の末に、自分は望まれた子供ではなかったという痛烈な言葉を浴びせらる。密かに家出を計画したキンバリーは、ある日母親のビデオカメラを抱えて、ボーイフレンドのセスの助けを借りフロリダのデズニーランドに出発。途中途中で、そのビデオカメラに、生まれてくる妹に向けたメッセージを残していく。カメラにはメッセージだけではなく、セスとの初キスの瞬間の映像も記録した。残されたわずかな時間の一瞬一秒を大切にしながら「誰にだって2度目の時は訪れない」と繰り返すのだった。

病を抱えた高校生の物語を描いた昨今の成功例としては、ミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』が念頭に浮かびます。同時にティーンエイジャーがいる家庭の崩壊に焦点を当てた作品としては『ネクスト・トゥ・ノーマル』などを彷彿とさせる。『キンバリー・アキンボ※1』がこれらの作品と一線を画すのは、冒頭から終始穏やかな空気の中で物語が進行していく点だ。また両親の一見穏やかな雰囲気も入っているの緊張を浮かび上がらせてくれる。叔母デブラが詐欺計画を企むというサブプロットも不気味で、彼女は家の地下室で次の詐欺の準備に余念がない。それは支払いが多く発生する月末の郵便ポストに溜まった小切手入りの封筒を盗み、その宛名を書き換えて銀行で現金に替えるというもの。大金が必要な車でのロードトリップに一度出かけてみたいと夢見るキンバリーや、学校での合唱のパフォーマンスの衣装代を工面しようとするキンバリーの同級生を、その儲け話で巧みにそそのかして、犯罪に加担させてしまう。

原作は、2000年に発表されたデヴィッド・レンゼイ=アベアーによる同名の戯曲だが、2003年にオフ・ブロードウェイで非営利団体のマンハッタン・シアター・クラブによって上演された。因みに、この結びつきがきっかけとなり、マンハッタン・シアター・クラブが2006年に同劇作家の戯曲『ラビット・ホール』をブロードウェイで初演している。そして『ラビット・ホール』はその翌年のピューリッツアー賞を獲得し、2010年に映画化もされ、劇作家デヴィッド・レンゼイ=アベアーの名声を不動のものにした。『キンバリー・アキンボ』のミュージカル版では、脚本と作詞を原作戯曲の作者本人が担い、作曲はミュージカル『ファン・ホーム』のジーニン・テソーリが手掛けている。ミュージカル『シュレック』でも知られる2人のコラボが再び実現した。 キンバリーはボーイフレンドのセスとの関係を案じる父親に「私の更年期障害はすでに終わっているから何が起きると言うの」と皮肉を込めて安心させたり、不治の病を持つ過酷な現実と向き合う彼女を憐れむ他人にも、「16歳はあくまでも平均寿命だから」とドライに返答する。 ビクトリア・クラークによって美しく優しい声で演ぜられるキンバリーは楚々としながらも逞しく、オリビア・ハーディーの叔母デブラのキャラもコミカルで、暗い題材を扱いながらも、重々しくならずに、暖かさと希望を感じさせる作品に仕上がっている。

同作品をプロデュースしたのは、ミュージカル『春のめざめ』や『バンズ・ヴィジット』の初演も手掛けたアトランティック・シアター・カンパニー。シーズン・チケット購入者を主な顧客とする同カンパニーは、昨年の8月に再開し2021~2022シーズンをスタートさせた。しかし、そのオープニングを飾った新作戯曲があまりにも不調で、顧客離れさえ懸念され、シーズン第2弾となるミュージカル『キンバリー・アキンボ』は当初期待されていなかった。ところが、12月の初日を迎えて発表されたメディアの劇評が絶賛の嵐となり、サプライズな年末年始の話題作となった。

200席のオフ・ブロードウェイの劇場での期間限定公演は、3週間の延長を経て1月15日に千秋楽を迎えた。今後は、ブロードウェイ昇格や、オフ・ブロードウェイのキャパシティの大きい劇場で再演する案もあるようで、どういった形で作品が歩んでいくかの期待が募る。

※1彼女が想いを寄せる男子生徒セスの趣味が、単語の文字を入れ替えて他の単語にする言葉遊び「アナグラム」。2人はこの遊びを通して仲良くなっていく。 ある日、セスはキンバリーのフルネーム「キンバリー・レヴァーコ Kimberly Levaco」をアナグラムで「クレバリー・アキンボCleverly Akimbo (意訳:頭のいい威張りん坊)」と言うユーモラスな名前を考え出し、彼女にプレゼントしたのだった。

※2キンバリーの病は、ハッチキンソン・ギルフォード症候群に倣っているかと思われるが、台詞で病名が特定されることはない。

The Linda Gross Theater
336 W 20th St, New York, NY 10011
公演時間:2時間20分(一回休憩)
公演期間:2021年12月8日〜2022年1月15日

舞台セット:7
作詞作曲:8
振り付け:6
衣装:6
照明:7
総合:9
Photo by Ahron R. Foster
Photo by Ahron R. Foster
Photo by Ahron R. Foster

Lost Password